ジャン黒糖

アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイドのジャン黒糖のレビュー・感想・評価

3.7
大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの一連の騒動にニューヨークタイムズ紙の記者が迫った実話『SHE SAID その名を暴け』を監督したドイツ人監督マリア・シュラーダーがドイツで撮ったAIアンドロイドを描いたSFロマンス映画。

【物語】
ベルリンの博物館で楔形文字の研究をする学者アルマは、研究資金を稼ぐ目的で、知り合いの勤める企業の実証実験に参加することに。
その実証実験は、ハンサムなAIアンドロイド、トムと数週間を過ごし、完璧なパートナーとして成立するか検証する、という内容だった。
最初は片言で反応に従うだけのトムにストレスを感じていたアルマだったが、徐々に自分の性格、嗜好にフィットしていくトムを受け入れていくようになり…

【感想】
自分が同じ境遇ならどう考えるか。
と鑑賞中、常に自問を投げかけられるような、SF映画ではありながら普遍的なテーマを掘り下げられた映画だった。

主人公アルマの目の前に現れたのはAIアンドロイドのトム。
最初こそ、今まで仕事一筋に没頭してきた学者のアルマは突然の性的なニュアンス込みで魅力的で端正なトムの出現に戸惑いを隠せず、なんならストレスでさえある。
けれど、アルマとの対話によって徐々にトムはアルマにとっての理想的な相手へとパーソナライズ化されていくにつれ、アンドロイドらしさは抜けていき、より1人の男性に見えてくる。

自分にとって理想的な相手=自分を肯定してくれる存在。
でも、それは理想の伴侶になり得るのか。
コミュニケーションという相互作用によって、人と人のリレーションは成り立つのでは無いか。
完璧に応えてくれるトムは魅力的だが、それは相互作用ではなく、孤独な自分のためのアンドロイドとしての"反射"に過ぎないのでは無いか。
では、何をもって人は人と関係を持つのか。

AIというSF映画らしいテーマによって人間性とは何か、が問われる。
この辺りはスパイク・ジョーンズ監督『her 世界でひとつの彼女』やアレックス・ガーランド監督『エクス・マキナ』、キューブリック×スピルバーグ監督『A.I.』を彷彿とさせる。

生成AIの過熱ぶりは連日のニュースや関連銘柄の株価の動きによって肌と感じることが多い昨今。
アウトプットを人にではなく、AIから得る機会は今後ますます増えていく。
これも多くの媒体で目にする議論ではあるけれど、AIと人の違いは個人的には仮説ドリブンかどうか、だと思う。

命題を見出し、そこから考え得る仮説を立てて検証を回す。
現状のAI領域においては後者の検証を回すこと、ニュアンスから汲み取って何かを生成すること、は出来る。
でも、そもそもなぜそれをするのか、に必要な仮説を立てることは難しい。

アルマとトムの違いも同じように感じた。
アルマはトム=アンドロイドを頭では理解していても本能的に愛することができない。
「この人となら…」という答えのない、ゼロから立ち上がるアルマの仮説に対し、トムは過去の蓄積されたデータに基づく集計結果=反応でしか返せないからだ。
日頃から研究テーマとして楔形文字の解読を行うアルマは、テキストが発するメッセージの意図を読み解く仕事をしている分、トムの行動・言動ひとつひとつもまた人間との線引きをしてしまう部分としても見えてしまう。

トムとの実証実験は失敗、と彼女は一度は結論付けるが、それはトムを恋愛至上主義におけるパートナーとして見たら、という条件付きだと思った。
何でも完璧に応えてくれるAIという存在がいるということは、そのまま人と人との交流さえも脅かしかねない。
だからこそ、簡単に欲を満たすことができるAIは人を幸せにするパートナーとしては失敗だ、と。

ただ、むしろ後半は、「人は孤独とどう向き合うか」という命題へとテーマが微妙に変容していき、アルマに課せられた実証実験の検証すべきテーマ、仮説も彼女自身のなかで変わっていく。

彼女の父は認知症が進み、彼女のサポートがないと生活がままならない。
楔形文字の研究も、彼女の1日の大半を形成する大切な要素。
でも、父はいつか先に死ぬし、研究分野もライバルとの抜きつ抜かれつの世界。
一度結婚した相手との時間ももう戻らない。
子供を生むにはアルマはもう適齢期を過ぎた。

恋愛、性愛を至上と考えた時のパートナーとしてトムは受け入れ難いかもしれない。
でも、アルマを取り巻く様々な要素も勘案したとき、トムという存在は自分にとってどう見えるか。

そこまで思考を深掘りする本作のラストには解釈が分かれるかもしれない。
でも個人的には、ここまで掘り下げがあるからこそ、自分だったらどう考えるか、と同じくらい考えさせられた。
20代、30代ともまた違う、人生の苦みもたくさん味わい、人間的な成長・衰えに折り返し地点も見えてきた40代だからこその感慨もあるのかな、と思った。

マリア・シュラーダー監督。
既にドイツにおいてそのキャリアは長く、50代で本作を撮り、アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた。
そんな彼女が次作として『SHE SAID』を監督したというのが凄く良かったなと。


トムを演じたダン・スティーヴンス、イケメンが過ぎて怖い感じ、良かった。
個人的には『マーシャル 法廷を変えた男』で主人公らに迫る嫌〜なあの検事役の男!
今回も顔が強すぎて印象的だった笑
ジャン黒糖

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