ジャン黒糖

タミー・フェイの瞳のジャン黒糖のレビュー・感想・評価

タミー・フェイの瞳(2021年製作の映画)
3.6
キリスト教テレビ番組「PTLクラブ」でおしどり夫婦として70〜80年代、絶大な人気を誇ったジム&タミー・フェイ夫妻の盛衰期を描く伝記映画。
監督は『ビッグ・シック』などのマイケル・ショウォルター、主演のジェシカ・チャスティンはプロデューサーも兼任し、第94回アカデミー賞ではメイクアップ・ヘアスタイリング賞と主演女優賞の2部門でオスカーを受賞。

【物語】
タミー・フェイ・ベイカーは、夫ジム・ベイカーと共に立ち上げたPTLクラブというキリスト教のテレビ伝道番組での活動を通じて70〜80年代にかけて、カリスマ性と感情豊かなパフォーマンスで多くの支持を集めた。
ただ、1987年に起きたPTLクラブの宗教団体としてあるまじき献金事件で夫ジムが逮捕され、タミーフェイも批判の的となり、その評判は大きく揺らぐ…。

【感想】
色々調べたものの、観終わってまず思ったのは「ちょっとわからない」という率直な感想だった。

エイズ患者やLGBTQ+コミュニティなどを含めた全ての他者に理解を示そうとするタミー・フェイの、映画で語られる時代やPTLクラブの宗派からするとリベラルな人物像には一定共感したし、彼女を演じたジェシカ・チャスティンの演技(と特殊メイクの凄さ)にも引き込まれた。
ただ、タミー・フェイという実在の人物そのものの、劇中それとなく描かれる批判的側面も含めた功罪をアメリカ国内では当時/現在どう捉えられているのか、そこがちょっとわからず、それゆえこれは"良い話"と捉えて良いのだろうか、という疑問が残った。(単に自分の不勉強かと…)


無宗教の自分からすると、キリスト教のテレビ局があること自体、考えたこともなかった。(日本でも新聞はあるし、知らないだけで局を持ってたり…?)
ネットの普及でYouTubeをはじめとする配信プラットフォームの活用に加え、コロナで教会に行く機会を失ったことに伴うオンライン配信の需要によりいまでもテレビ伝道は根強い人気を持っているのだとか。

タミー・フェイは、宗教と現代メディアを結びつけ、宗教メッセージを広めるテレビ伝道の黎明期を象徴するような人物だった。
彼女のいるPTLクラブは衛星放送が始まると全世界に2,000万人の視聴者を獲得する巨大ネットワークになり、レーガン大統領当選にも貢献したという。
いくら宗教団体の献金といえど、懐にはとんでもない額の寄付金が入り、大富豪へと成り上がっていった。
そして、1987年の夫ジムの献金不正利用によるスキャンダルによって彼女もまた批判の的になり、瞬く間に人気が衰えていく。

劇中でも、バラエティ番組やスタンダップの舞台で、彼女を取り上げる当時の実際の映像が多数引用される場面が流れる。
彼女の外見や涙を流す様子は相当ネタにされてきたであろうことが伺える。
(監督作に度々スタンダップをはじめとする舞台が登場するマイケル・ショウォルター自身、ベイカー夫妻のスキャンダルがあった当時10代で、彼らへのバッシングをイチ視聴者として肌で感じていた当時の空気感をそのまま描写するため、ここは役による演技ではなく当時の映像を流用したのかな、とも思った)

ただ、主演のジェシカ・チャスティンはタミーを演じるにあたり7年研究したそうだが、散々ネタにされてきたような、タミーが涙でマスカラが落ちる場面は実際の過去の映像を見る限り一度も無かったとインタビューで語る。

本作で作り手側が意図してきたのはまさにこの、世間からの客観的評価や、おしどり夫婦とされてきた夫ジムからの相対的な彼女へのイメージを抜きに、彼女個人の実像を描くことだったのかなと。
ただ、その狙いは上手く行っていたのかは観ていてちょっとわからず気になった。


記事とかwikiを見ると、タミーのスキャンダルや批判される点は歴史的事実として認識される一方で、彼女が果たしたポジティブな影響や困難を乗り越える姿勢も90年代以降再評価されるようになったのだとか。
なかでも2000年代に製作されたドキュメンタリー「The Eyes of Tammy Faye」は本作の原案にあたり、この作品で彼女の人間的な側面や彼女が持つ複雑さが注目されるようになったといい、ジェシカ・チャスティンはこれに影響を受けたのだとか。(日本ではどうすれば見れる?!)

ただ本編を観ると彼女の歌唱力に圧倒されるものの、馴染みの薄い自分としては逆に"歌のチカラ"によって力技で「色々あったけど、でもやっぱ彼女は素敵やん!」と見せられたようで、この説明のなさは無宗教の自分が偏った宗教に対する信仰へのイメージのひとつにも通じ、ややモヤモヤした。


宗教団体として活動するPTLクラブは、視聴者からの献金が無税となり、全世界にブロードキャストする巨大ネットワークを持つまでに発展した。
ただ、自分からすると"信仰心ってなんだろう"と疑問が湧いてくる。

厳格なキリスト教原理主義であったタミーの母は、離婚を忌み嫌う宗派において再婚前にできた娘であるタミーを教会に連れて行こうとしなかった。
タミーは神の言葉を待ち望んでいるにもかかわらず、出生を理由に。
母にとって自分の都合にも関わらず娘の生き方を縛り付けようとしていた信仰とはなんだったのだろうか。

また劇中、次期大統領選に出馬するジョージ・H・W・ブッシュを支援するようジェリー牧師はジムに働き掛けるが、ジムは同じくテレビ伝道士として活動するパット・ロバートソンも出馬を意向していることを聞きつけ、互いに共和党の票を割るリスクを懸念する場面が出てくる。
これでは宗教が政治利用するための道具ではないか。

ましてその道具たるPTLクラブ自体、内情としては当時、教団が同性愛者を差別していた一方でジムは同性の相棒と仲良さそうにしていたし、浮気やレイプもしていた。
同時期、民主党は宗教団体の免税資格剥奪に向け動いているといっていたが、なるほどそういった声が挙がるのもわかる。
10年で成り上がったPTLクラブは、その存在が大きくなり過ぎた分、限界をもう迎えていたのだ。

また、ジムとタミー・フェイの2人が番組の生放送中に自分自身の"罪"を告白する場面が本作には度々登場するが、そこでは告白の張り詰めた空気のなか、彼女たちのいるセット横で構えるコールセンターに電話が鳴り響く≒寄付金が振り込まれる瞬間が描写される。
この、視聴者に感情で訴えてお金が振り込まれる構図って現代に置き換えるとスパチャそのものだなと。
(YouTuberの謝罪動画なんてのはよく聞く話だしね)

マイケル・ショウォルター監督は、さり気なくも巧みに現代性を持って描くのが上手い人だなと過去作を観て思っていたけれど本作でもまさか彼らキリスト教番組に投げ銭システムを連想させられるとは思いもしなかった。


マイケル・ショウォルター監督、彼の作風に共通するものとして『ラブバード』の感想中で自分は以下を挙げた。

①人物同士の関係性をシュールなジョークを交えた会話劇で描く
②目に見えないもの/見えるものをユーモアに描くバランス感覚
③従来のスタンダードに捉われない組み合わせによって生じる現代性


本作でも当たらずとも遠からず、共通する部分を感じた。
ジムとタミー・フェイの出会いからアツアツカップル期、そして仕事としておしどり夫婦を演じて以降の心が離れていく流れは、すべて会話の直接的内容ではなく、その会話の前後関係や空気感で関係性を匂わせるあたり、さすが。
この話、いくらでもシリアスに描けるにも関わらずどこか人間の滑稽さもあり、監督らしい手腕だなぁと。
タミーが彼女自身の人としての内面を褒めてくれて思わず気持ちが乗じてしまうゲイリーとの場面も、貪るような姿にやはりユーモアを感じさせる。

また、本作では夫に裏切られ、世間からはバッシングの嵐を受けるタミー・フェイが、それでも信仰心を捨てずに歌い続ける姿が終盤描かれるが、彼女は序盤の幼少期からずっと、キリストに心の声で呼び掛け続けていた。
明解な答えの得られない"見えないもの"に気持ちを傾け、信じる主人公像もまた、監督らしい題材。


というのが、演出において監督作に感じる共通点。
一方、今作を観て演出というよりは作品メッセージにも共通するものがあると感じた。

監督は、「強い自己肯定感を持ってすればそれだけで自身の幸せは掴めるが、それだけだと独りよがりの幸せに過ぎず自分のせいで却って大切な人を傷付けかねない。だからこそ、自分と相手の気持ちが心の底から相互理解し合えている状態が大切」ということを映画のなかで一貫して描いているように感じた。


『ドリスの恋愛妄想適齢期』でいえば若い男性への叶わぬ想いを抱くドリスの妄想恋愛模様、『ビッグシック』でいえばムスリムの家系に育った移民のクメイルと実母や白人の恋人エミリーとの関係、『ラブバード』でいえば殺人容疑をかけられたパキスタン系とアフリカ系のアメリカ人カップルなど、繰り返し主人公たちの相互理解を描いてきた。

そして本作は、夫ジムやゲイリーとタミー・フェイとの気持ちの付いては離れる関係が描かれる。
ラストの展開をどう捉えたら良いかはわからないものの、これまでの監督作に比べるとビターな度合いは強くなったと自分は感じた。



彼女を演じたジェシカ・チャスティンは本作でアカデミー賞主演女優賞を受賞。
これまで『ゼロ・ダーク・サーティ』や『女神の見えざる手』『モリーズ・ゲーム』で、世界の暗部や暗黙の常識とされてきたこと、誤解や偏見と戦う強い女性のイメージがあったけど、その彼女がタミー・フェイのドキュメンタリーに感銘を受け、映画化権を獲得し、10年近くかけて完成した本作。

他者を愛する純粋な気持ちや信仰心と、それを体現するタミー・フェイの魅力を見事に演じられていると思った。


そしてそんな彼女の相手となる夫ジムを演じるのはアンドリュー・ガーフィールド。
ジムの、カメラの前でのカリスマ性溢れる宣教と、裏で牧師たちとの関係構築に汗をかく姿、そして妻への愛が冷めてしまってからの行動。
途中本当憎たらし過ぎて嫌なヤツだったけど、映画的にはアリ!笑



という訳で、役者たちの演技に引き込まれるうえにマイケル・ショウォルター作品として観るとなるほど納得のある共通点を見出すことができるが、一方でタミー・フェイやジムが当時、そして現在どう思われているのか、がやや結論としては見えないところがあり個人的にはモヤモヤとした。
けど、観て十分楽しめたし色々と勉強になった!
ジャン黒糖

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