イルーナ

あの夏のルカのイルーナのネタバレレビュー・内容・結末

あの夏のルカ(2021年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

【鑑賞前の印象】
この映画の予告を初めて見た時、とてつもない衝撃を受けました。
「あの夏の……ルカ?!ロシアW杯かな???」
タイトルだけでもサッカーファンにはビビっと来るのに、映し出された内容は『シェイプ・オブ・ウォーター』と『君の名前で僕を呼んで』を足して割ったような内容。
どちらも好きな映画だ!これは絶対に観ないと!
さらに監督はジブリの大ファンだそうで、町の名前(ポルトロッソ…『紅の豚』のポルコ・ロッソが由来)など明らかにジブリに影響を受けた設定があちこちに見え隠れ。
ああ、ますます観たい!
ところが劇場公開のはずがディズニープラス配信に変更になってしまい、支払い方法の件で加入に悪戦苦闘する羽目に。
おかげで配信開始から全力でネタバレ回避に費やしていました。
その間、ずっとヤキモキヤキモキ……
こんなに飢餓感と焦燥感を感じたのは初めてでした。
普段はネタバレをあまり気にしない質なのに。
しかしようやく加入できた今、ついに本作を鑑賞。
……いや、本当に待った甲斐があった!いい映画だった!

【子どもの好奇心】
親の言いつけを破って住み慣れた世界を飛び出し、新たな世界に足を踏み入れる。
よくあるテーマですが、本作は大風呂敷を広げることなく、海とポルトロッソという舞台に限定したミニマルさ。
だからこそ、「ひと夏の冒険」というテーマが際立つ。
初めて陸に上がって、歩く事を知って、木々や空や重力、星々(魚の群れ)、宇宙を知って、ベスパを自作したりして……
陸の生物である私たちにとっては当たり前でも、シー・モンスターのルカにとっては何もかもが初めてのこと。
新しいものごとを知った時の瑞々しい喜び。その喜びが、目いっぱいの空想で表現される。
そして言いつけを破った後ろめたさも。
ああ、子供の頃ってそうだったよなぁ……

特に自転車やベスパは、子供の成長を表すのにこれ以上ない存在です。
星々の認識についてアルベルトからは魚の群れ、ジュリアからは恒星や惑星と教わるのは、人間の認識の進化の歴史をなぞっていますね。
神話や宗教の時代から、現実を重んじる科学やルネッサンスの時代へ。
こうした交流を経て進学を希望し始めるルカ。大人視点だと現実的な目標を持ち始めたという感じですが、ルカにとって学校はあくまで「知識を与えてくれる夢のような場所」。この辺のバランス感覚が絶妙。
あと、天体観測に向かう場面では縦長の構図になるのがお洒落だし、満月の夜というのもあって『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』を思い出しました。

【メインキャラ】
物語の舞台設定はミニマルですが、そこに詰め込まれた要素は濃密。
先輩肌のアルベルトは実は相当な背景の持ち主。
男勝りなジュリアは母が別居中で、ポルトロッソ内ではよそ者の身(この町に滞在するのは夏の間だけ)。
ジュリアの父マッシモはシー・モンスターのハンターということで天敵かと思いきや、むしろ人格者。
シー・モンスターの設定は身分を隠して生きざるを得ないマイノリティの象徴。
そこから紡がれるドラマは非常に濃密なものでした。
とにかく心情描写がリアルで、「ああ、こういうことってあるよね……」と頷くばかり。
前半では何にでもワクワクできた子供時代の明るい面を描きますが、後半になると、成長していく過程であらわになる負の側面が生々しく描かれます。

【忍び寄る転落】
ジュリアと親交を深めていくルカを見てやきもちを焼くアルベルト。それは初めてできた、心からの友達を失うことへの恐れからでした。
親友が他の友達と仲良くしていたり、突然高い目標を持つようになったりして、焦りや疎外感を抱いた経験は心当たりのある人も多いはず。
いくら人間の世界について詳しいと言っても、あくまで「シー・モンスターとしては」程度。
だから、実際に人間世界に来るとあっさりメッキが剥がれて立場がジュリアに取って代わられていく。性格も似てるしね……
ルカは新たな世界を知った喜びで知識を披露するけど、アルベルトにとっては信じていた世界を否定されたようなもので、プライドがボロボロに。
あれだけ生き生きしていたのに、町に来てからどんどん表情が暗くなっていくのが痛々しい。
知識面でのアドバンテージを失ったアルベルトは、自我に目覚めていくルカの成長を受け入れられない。
その結果、あれほど人間世界に憧れていたはずなのに、新たな知識や価値観を忌避するようになっていく。
それでいながら「頼れる先輩」という役目に固執するあまり、自分は絶対に正しいという思考に陥りだす。
危険な目に遭わせておきながら、口を開けば自己正当化ばかりのアルベルト。最初は無邪気に憧れていたルカも、段々と違和感や不信感を抱くように。
いくら友人と言えど、相手にエゴを押し付けたり人格否定ばかりし続けていれば、その関係は自ずと崩れてくる。
ちなみにアルベルトの瞳の色は緑ですが、英語圏で「Green eyed monster」は「嫉妬深い人」を表す慣用句。
つまり、「見た目で差別するな」がテーマの本作ですが、アルベルトに関しては、内面はまさしくモンスターそのものと言い切っていることになる。そして……

【友情崩壊】
ルカとアルベルトのすれ違いから訪れた最大の危機。
この時ルカから発せられた、たった一言が重すぎる衝撃を与えてくる。
それまでルカは「いい子」として描かれていたし、なんなら直前の描写では人格否定し続けるアルベルトに対し正論で返せるようになっていた。確かな成長を見せていたはずがいきなり豹変してくるから、なおさらゾッとさせられる展開です。
こういう行動をとれたのは、なまじ地頭が良くて、「もっと広い世界を知りたい」という芯がしっかりしていた故というのがまた……
一方で、「じゃあ、どう対応するのが正解だったのか?」と聞かれると……
この時点では、はっきりと正解と言える回答が見当たらない。
アルベルトをかばったり同調したりすれば、立場どころか普通に命すら危ない状況。
そもそもアルベルトの行動自体、ルカの視点からだと、自由になろうと誘っておきながら都合が悪くなると束縛し、将来の進路や築き上げたジュリアとの信頼関係を壊して服従させようとする身勝手極まりないものだった。
リアルだったら間違いなく絶縁不可避レベル。正直ルカの行動を責められないよ。

そして弱みを必死に隠していたのにあっさりルカに見破られた挙句、彼の成長が許せず自身の正体暴露という禁忌に手を出したアルベルト。
しかしよく見ると、ルカは正体暴露までは一緒に学校に行きたいというスタンス。新たな物事への関心が強すぎただけで、決して彼を軽んじていたつもりではなかったはず。
ジュリアも事故に遭った時は本気で心配してくれていた。
せっかく友人に恵まれたのに、ルカ以外の他者との繋がりを否定したり、鬱屈した感情をぶちまけながら暴走した挙句、自滅していくアルベルトの姿は哀れの一言に尽きます。

このように、観る前は「差別に立ち向かう非差別民」の話だと思ったのに、蓋を開けたら「非差別民同士がマジョリティからの差別意識を利用して互いを蹴落とし合う」という、陰惨極まりない展開になっていました。
彼らの心理描写はどちらにも共感できるし、あまりにもリアルすぎて恐ろしい。
発達心理学などの教材としてそのまま通用するんじゃないかこれ?

【メタファーの変化】
演出面も鬼気迫るものがあって、前半では子供時代のキラキラした思い出を象徴するものが、後半ではどれも全く正反対の意味合いになっています。

・ベスパ
自由への憧れにして最大の目標→「二人で一緒に旅するため」という口実の下の束縛。しかしそのポスターの下にあったものこそ、アルベルトが本当に望んでいたものだった

・夕陽
子供の純粋な心を表すかのように、透明感ある色合い→二人が暗黒面に目覚めてからは明度を抑え赤みが強くなり、毒々しさを感じる色合いに

・秘密基地
一人暮らしへの憧れと好奇心の象徴→アルベルトの壊れきった内面を人間世界からの盗品で取り繕ったもの。最後はそれらすら壊されたことで、完全に自我が崩壊してしまったことを表す

予告の『You Are My Sunshine』の歌詞もそうだし徹底している。
ホラーやシリアス系の作品以外で、ここまで恐怖を感じた心理描写や演出は初めて見ました。
普通に受け取るなら「子供時代の終焉」なのでしょうが、これらからは本来あるはずの郷愁や切なさが全く感じられない。
もはや子供時代の無知や過ちに対する怨念じみたものすら感じるレベルです。

【闇の子アルベルト】
その後のアルベルトの「お前は俺と違っていい子だけど、俺は何でもぶち壊してばっかりだ」という発言。
父親が蒸発したばかりか、ルカと出会う以前から洒落にならないトラブルを起こし続けていたのか、それまで他者とまともに関係を築くことができなかったらしいアルベルト。
母親は存在すら語られない辺り、父親は彼を一人で抱え込んで、限界まで追い詰められてしまったのでしょうか……
アルベルト親子は最初、陸や人間社会に憧れて島に暮らしていたのかと思いましたが、ルカのおばあちゃんのことなどを考えると、その線は薄そう。
となると、海の社会では重度の社会不適合者だったか、本来の意味でのアウトローだった可能性が一気に濃くなる。
人間社会は言うに及ばず、海の社会にも居場所のないアルベルトは「忌み子」みたいな立場だったはず。

同時に、過去が明かされたことで、それまでの行動原理にすべて説明がつくようになる。
嫉妬深さはもちろん、前半やたら根拠のない自信に満ちていたのも、知ったかぶりばかりしていたのも、全部愛されないことへの不安やコンプレックスの裏返し。
彼はルカに対してただ振り向いて欲しかっただけ。しかし、他者との関わりが無いに等しい環境で育っていたために、尽く最悪の行動しか取れず見捨てられた。
「シレンツィオ・ブルーノ!」のブルーノの正体も、恐らくは……

これらの事実を突きつけられても、ルカは過ちと向き合い責任を全て負いながらも、毅然とした態度かつ相手を尊重するという、大人でもなかなかできない謝罪対応を見せた。
逆にアルベルトは自分の非を認識しつつも、結局相手の前でそれを認めきれず、ひたすら拒絶したり自己嫌悪に走ったりする。
受けた仕打ちが仕打ちとはいえ、知識やコミュ力はおろか、精神性でもルカに追い抜かれてるアルベルトがあまりにも痛々しい……

しかし心が闇に染まっていくのは、どんなにいい子だろうと、成長する上で避けられないこと。
だからこそ、それを乗り越えお互い勇気を振り絞ったクライマックスが美しい。

【大団円】
それにしても、何て優しいラストだろう。
3人の勇気によって、人間とシー・モンスター双方の無知や偏見による、差別や恐怖が取り払われるきっかけが生まれた。
時代背景が50年代のレトロ調だからその辺どうするんだろう……と思っていたけどホッとしました……
このシーンで、ルカの両親だけでなく、モブのおばさん二人組の正体が明らかになるシーンが挟まれていたのが上手い。
身分を隠しながら生きている人は案外身近にいるという、さりげないメッセージ。
そして、一番ルカを理解していたおばあちゃんの言葉。
「あの子を受け入れない者はいる。でも受け入れてくれる者もいる。ルカはもうちゃんと見つけているよ」
現実を見据えつつも、優しいメッセージです。

実の父に愛されなかったアルベルトも、ようやく周りから受け入れられる居場所を得ることができました。
人間とシー・モンスター、どちらの社会にも居場所がなかったアルベルトは、二つの種族が和解することによってようやく安住の地が与えられる。
そしてルカに救われた彼は、今度は支える立場になる。
この辺の展開は、『リメンバー・ミー』で残された「実の家族から愛されなかった者に救いはないのか?」という問題への回答になっていました。

また、これらのテーマはやはり、似てると思った『シェイプ・オブ・ウォーター』と『君の名前で僕を呼んで』にも通じる。
どちらもマイノリティを真正面から扱った話しだからな。
特にラスト、監督は否定してたけど、どうしても『君の名前で僕を呼んで』の終盤のオマージュに見える。
しかし、雨のシーンは基本的にネガティブな心情を表すものだけど、シー・モンスターの二人にとってはむしろありのままの自分をさらけ出す、解放感に満ちたもの。
ああ、よかった、本当によかった……
その直前まで「最大の試練」として描かれた雨。上記の「子供時代のキラキラした思い出や好奇心」の象徴が後半で尽く負の象徴となっていたから、その異質さがより際立つ。

【アルベルト総評】
しかしアルベルト、前情報を見る限りでは『スタンド・バイ・ミー』のクリスみたいなポジションだと思っていたのですが、蓋を開けたら上記の通り、これでもかと弱さや歪みを強調したキャラでビックリしましたよ……
町に来てからはどんどん情緒不安定になって、言動がプラスにもマイナスにも振り切れている。
一見頼れるキャラがストーリーが進むうちに内面的な弱さを見せるのはよくある展開ですが、彼に関しては、正直一歩間違えば「面倒くさい奴」の一言で片づけられるキャラになってもおかしくなかった。それくらい後半の彼は痛々しい姿をさらし続ける。
というか彼の場合、割とモラハラ気質でもある。
モラハラや境界性パーソナリティ障害のチェックリストを見てみたら相当当てはまる部分があったから、あの場面でルカが折れて成功体験を与えていたら、ますます悪化していた可能性が高いです。
……モラハラ気質のヤンデレ。最悪の組み合わせじゃん……

ですが、小さなすれ違いの積み重ねからこじらせていく過程が極めて丁寧に描かれたり、育った環境の悪さゆえに社会性が育たなかったことが分かるためむしろ同情されるという、奇跡のバランスで成り立っているキャラでした。
さらにラストの行動で株が上がりまくりという、非常においしいポジション。
上にも書いたように、嫌われる要素を大量に持っていながら、ここまでファンから愛されるキャラクターに仕上げた制作側の手腕に脱帽です。
裏を返せば、「不幸な生い立ちが免罪符として機能して、周りにどれだけ迷惑をかけようが責められず、むしろ同情される」という、ある意味ズルいポジションでもあるのですが。
リアルにいたら絶対腫れ物扱いされるだろうなぁ……

【その他】
そして毎度問題になっている映像ローカライズに関しても、今回は何と一切なし。
ポスターも、お店の名前も、街の標識も、全部元のまま。
少し前から、あまりにいい加減なローカライズに対して抗議の声が上がっていたのですが、それが届いたのでしょうか。
日本版主題歌の『少年時代』も、しっかりマッチしていましたね。

最初の予告を見た時からずっと心を奪われていた本作。
ディズニープラス加入の件もあって、本当に待ち焦がれていた作品でしたが、心から素晴らしいと思える作品でした。
ここまで構成する要素が尽く感性に刺さった作品はそうそうないと思う。
今年観た映画で現在ベストかもしれません。
それだけに、劇場公開できなかったのが悔やまれます……本当に美しい映像なのに!

アニヲタwikiにまとめた記事
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/48632.html
(余談の部分はコメント欄に移しました)
イルーナ

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