カツマ

水を抱く女のカツマのレビュー・感想・評価

水を抱く女(2020年製作の映画)
4.3
水面に映る哀しみの影。愛しき人の残像が、ただ浮かんでは消えていく。運命はそこにあり、非情なほどに愛の迷路に惑わせた。神話のような寓話、それは現代を舞台にしたお伽噺か。彼女は水を抱き締める。そう、愛する人を離すまいと強く、強く。例え、腕の間を擦り抜けていく水流に気付いていたとしても・・。

様々な愛の迷路を描いてきたドイツの映画作家クリスティアン・ペッツォルト。彼が描く新たな物語は、水の精ウンディーネを題材にした切なくほろ苦い恋愛ファンタジーであった。第70回ベルリン国際映画祭にて、主演のパウラ・ベーアが銀熊賞(女優賞)を受賞するなど批評的にも高い評価を得ているが、今作を観て自分の中でもこの監督への信頼度は更に強固なものとなった。ロマンチックな映像とピアノの音色に導かれ、ただ愛しさと哀しみが押し寄せる。エンドロールは夢のように。少しでもその寂しさを癒すように降り積もっていった。

〜あらすじ〜

ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネは、講演の直前、職場の目の前のカフェで恋人のヨハネスに突然別れを告げられた。ウンディーネはヨハネスに、別れたら殺す、30分後の休憩時間までカフェで待っていてほしい、と強く懇願し、講演をやり切るも、戻ったカフェにヨハネスはもういなかった。
それでもカフェでヨハネスを探し回るウンディーネは、その最中に彼女の講演を聞いていた潜水士の青年クリストフと運命的に出会う。ウンディーネとクリストフはすぐに惹かれあい、恋仲になるまでに長い時間はかからなかった。優しいクリストフは二人が出会った時の象徴、潜水士の石像をウンディーネにプレゼントするなど、二人の関係は深まるばかりであった。だが、ウンディーネは講演の合間に大切にしていた石像を落としてしまい・・。

〜見どころと感想〜

現代を舞台にしつつ、神話の精霊の要素を付加した特殊でロマンティックなある恋の物語。今作をより理解するにはウンディーネという水の精の特徴を知る必要があり、だが、それを知ってしまうとこの物語が哀しい方向に向かうことはある程度察せられた。相変わらず、この監督の作品は静かで厳かで愛おしくて切ない。でもそれが強烈な残り香となって、いつまでも鼻腔の奥を突く。男女のすれ違いを描いたこともこれまでの監督のテーマと変わりなく、美しいほどにその湖畔の中には寂寞が入り混じった。

主演のパウラ・ベーアとフランツ・ロゴフスキは共に監督の前作『未来を乗り換えた男』から続投で、実は前作を撮り終えた後に監督が弾みで二人に声をかけたという逸話が残っており、この絶妙過ぎるキャスティングが実は監督のノリだったという点も面白い。特に高い評価を受けたパウラ・ベーアがあまりにもハマっていて、彼女のどこか不安げな瞳、感情的な怒り、情熱、それらの表現がウンディーネというキャラそのものに感じられた。フランツ・ロゴフスキも『希望の灯り』などで披露してきた普通の優しい青年としての雰囲気を上手く作り出しており、結果的にこの二人のキャスティングがドンピシャだったことが分かる。

ピアノの音色がポロロンと二人の恋の行く末を運命のように導いていく。90分という短い時間の中で、抱き締め、愛撫し、そして、水中を潜るように溶け合った。そう、これはとてもロマンチックなお話。例え、不穏な影が覗くとしても、愛し合う二人の今は確かにあった。ラストシーンに何を想うか。あぁ、そうかと思えてしまうほど、自分にとってはあの終わり方は、ずっと観ていたい絵画のようにその時間を止めていた。

〜あとがき〜

この監督の作品はこれで4本目の鑑賞ですが、やはりこの人の作風はかなり好みですね。今作でも美しいカットと音楽、ロマンティックで切ない物語が貫かれていて、しかも90分と短いので、見易く簡潔にまとめられているお話だと思います。

今作も絵画のタイトルのような邦題で、ポスターのカットも魅惑的ですね。映画館で観ていたらもっと高い点を付けていたかも?こういう映画はまるで足を引っ張られるように、いつまでも心の底に沈澱していくような気がします。
カツマ

カツマ