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アウステルリッツのdm10foreverのレビュー・感想・評価

アウステルリッツ(2016年製作の映画)
4.1
【シンクロ】

これはとても挑戦的な作品。
挑発的とも言えるかな…。

この作品はセルゲイ・ロズニツァの「群衆」三部作のひとつ。
アウシュヴィッツ収容所跡地を訪れる観光客の様子を、ただひたすら定点カメラのロングショットで映し続ける、本当にそれだけの作品。

よって、この作品にストーリーも起承転結も主張もない。

そこにあるのは「これを観て貴方は何を感じるか?」という漠然とした問い。

映像は入り口から順々に中へと入っていく観光客を映し続けるショットから始まる。
台詞も音楽も何もない。

ある者はおもむろに立ち止まってスマホで写真を撮る。
ある者は仲間たちと談笑しながら、ただその場を通り過ぎる。
ある者は歴史的事実を物語る遺物の前で言葉を失ったまま立ち尽くす。

この作品は、決して答えをこちらに押し付けない。
だから歴史的な建造物なども殆んど映さない。
スクリーンに映されるのはそれを見つめる観光客たちの様々な「目」「顔」「背中」。

たった数十年前、数え切れないほどの人間が虫ケラのように殺されたという場所に立ったとき、人間は何を感じるのだろうか?

この作品の意味は「与えられる」のではなく「見つける」こと。

全ての人間が必ずしも同じことを感じるわけではない。
囚人が張り付けにされたという柱の前で自ら両手を挙げて張り付けと同じポーズをとって笑いながら写真に収まる者もいる。
ある展示物の前で立ち止まり、しばらく凝視した後で「何と酷いことを…」とでもいうかのように首を小さく左右に振るものもいる。

でも、彼らは確実に何かを感じている。
そして、この作品を観ている私たちは、彼らの目を通して彼らが何を感じているのかということに思いを馳せる。


僕にはある「特殊能力」がある。
特定の状況下に置かれると、魂が肉体を離れ、肉体のみが自動で仕事をしてくれるという睡眠学習ならぬ「睡眠労働」。

昨日もその能力をフルに発揮して「睡眠十分」で挑んだのですが、それでも危険です。
先にも触れた通り、台詞も音楽もなく、画面も「定点カメラのロングショット」がひたすら続くので、若干トリップを起こします。

…なんですが、彼らが徐々に「銃殺場跡」「ガス室跡」「死体焼却場跡」という施設の暗部へと近づくにつれ、動きがないはずの画面の温度が少しずつ変わっていく。
それに呼応するように「バチコ~ン😲」と覚める目。
それまで笑ったりおちゃらけていた観光客達の顔から「感情」が消えていく。
そしてそれとリズムを合わせるかのように、ツアーガイドの説明が熱を帯びていく。

そこで僕は映画を観ているのではなく「アウシュヴィッツ」を体感しているのだと気が付く。

決して「歴史的なもの」を映した映像を観て何を感じるか?という作品ではなく、実際にあの場に行った人間が何を感じ、どういう行動をとるのかということを、「説明」すらも省いた状況で彼らの心境に思いを重ねることで「空気」を感じとるという作業。

本当に動きの殆んどない映像の中で、段々と名もなき観光客たちと心が同期していくような不思議な感覚。

普段目にする「ドキュメンタリー」とは、事実を映像に残し、それを後に観る人間と共有するというものだけど、今作は、あえて「もの」は映さずに「人間の心の動き」をひたすら映し続けた。

とても挑戦的と評したのはまさにそこ。

もしかしたら、観ている人には何も届かないかもしれない。
何故ならそこに映し出している「心境」は映像自体には映っていないから。

ただ、意味を理解して彼らの心境に心を重ねて観ることが出来たとき、ただ映像の羅列だけを観てわかった気になってしまうドキュメンタリー作品の何倍も説得力を持つ作品となる。

途中、彼らの目の動きや重くなっていく足取りなどの一つ一つに意味を感じ始めてからは、何か凄い体験をしているような気がして、ずっとザワザワしていた。

決して「面白い」という類いの作品ではないし、10人が観たら8人はつまらないと言うと思う。
でも、それでもいいと思う。
それも含めてこの作品の意図するところなのだから。
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