山浦国見

MINAMATAーミナマターの山浦国見のレビュー・感想・評価

MINAMATAーミナマター(2020年製作の映画)
4.1
水俣病を知る切っ掛けとしては、良い映画だとおもいます。

例え以下のような事実と違うシーンがあったとしても。

1959年に水俣工場は排水管を撤去し、アセトアルデヒドの製造を 1968年5月18日(土)に停止するまで、メチル水銀排水を工場の側溝を通し(パイプを使わないで)水俣湾に流しました。ユージンとアイリーン・スミスが水俣に来た 1971年9月には、チッソ水俣工場がメチル水銀排水をどこにも流さなくなってすでに 3年以上が経っていました。

チッソ水俣工場の構内でチッソの社長がチッソのロゴのついたヘルメットを被り、 5万ドル入りの封筒を、同じくチッソのロゴのついたヘルメットを被るユージン・スミスに手渡し、すべてのネガを渡して「帰れ」と言って帰国するよう持ちかけ、ユージンが「くそくらえ」と断るシーンがありますが、チッソ水俣工場は、ユージンを構内に入れていませんし、そもそも、当時の社長(嶋田賢一)も会長(江頭豊)も、水俣にはいませんでした。水俣に東京から来るときは地方紙に「〇〇社長、来水!」と載りました。

ユージンの仕事場が放火されるシーンが出て来ます。当時水俣でどのような小さな火事があろうと、それは町中に知れ渡り、地方紙にも載りました。ユージンの仕事場が放火されたシーンも根拠がありません。水俣の消防署にも警察署にもそのような出動記録はありません。

劇中、チッソの附属病院でセキュリティ・チェックが行われ、ユージンらが警備員の目を盗んでコンクリートの階段を駆け降りる。下の部屋で機密資料を発見するというシーンが出て来ますが、ユージンとアイリーン・スミスが水俣に来た 1971年9月には、附属病院(木造平屋でコンクリートの階段などもない)は廃院となっていていました。

1972年1月7日(金)、ユージンが千葉県市原市五井にあるチッソ五井工場に行ったとき、川本輝夫率いる水俣からの患者を含む交渉団約 20名がチッソ五井工場の事務所から退去を拒みました。ユージンも当時の妻アイリーン・スミスもその中にいました。チッソ本社は五井工場に指示して、これを「住居侵入罪」の現行犯の疑いで場外へ排除するように従業員数十名を動員させました。激しいもみあいの中でそれを撮影しようとしたユージンは倒れ込んで怪我を負いました。現場の音声記録や写真が残されていますが、千葉地検の判断としては、「住居侵入事件」も「傷害事件」も、嫌疑不十分の不起訴となりました。双方(交渉団と従業員)から千円の科料に処された人さえ一人も出なかったのですから、あったのは「自損的な怪我」だけとなりました。

また、アイリーン・スミスは 2020年に熊本学園大学に提出した『 W.ユージン・スミスとの日々:回想』と題する一文(同大学が公開)の中で「チッソの暴力団から傷害を受けた」と述べていますが、当時のチッソの従業員は単に自らと家族の生活のために就労していただけでしょう。その中に暴力団のような反社会的勢力はいません。

劇中、ユージンの最高傑作の一つとなった「患者の少女と彼女を入浴させる母親の写真」を撮るとき、怪我で手には包帯が巻かれており、シャッターを直接切ることができなかったというシーンが出て来ますが、怪我は 1972年1月7日であり、その写真は前年の 1971年12月24日に撮影されました。

他にも、

ユージン・スミスを訪ねたアイリーンが水俣病の取材を依頼。

加害企業チッソが公害の原因事実を知りつつ隠蔽していたことをユージンが暴露。

チッソがユージンの買収を試みるが拒否される。

チッソ協力者によってユージンの小屋が放火され、ネガが失われる。

ユージンの写真記事がチッソ上層部を動かして住民補償が実現。等。

チッソが、水俣病の原因が自社の工場排水であることを知っていながら隠蔽していたことは事実ですが、それをつきとめ糾弾したのは、長い年月をかけて現地で原因究明に取り組んだ原田正純をはじめとする医師たちであり、ユージン・スミスはこの件について関係していません。

しかし本作では、チッソに忍び込んだユージン・スミスとアイリーンたちが隠されていた資料を発見し、事実を公にしたことになっています。

「その場にいたはず」のアイリーン・スミス本人は、この映画のストーリーが事実でないことを認めながら、映画で水俣病が多くの人に知られるのは良いことだとコメント。彼女はこの映画に関するインタビューで屡々、客観性を手放すことの積極的な意義を語っています。これは(let truth be the prejudice)というユージン・スミスのスローガンを受け継いだもの。

ユージン・スミスが酒呑みだったのは本当だったようです。
ユージンは沖縄戦で負った傷の後遺症のため、痛み止めとしてウィスキーが欠かせませんでした(朝日 2021年10月7日)。サントリーレッド(39度 640ml)を毎日半分空けていて、絶えず酒気を帯びていたようです。口の中には日本軍による砲弾の破片があったようです。

警察がいきなり夜に押し込み、家宅捜索といって、家内を荒らすシーンがありますが、あれもあり得ません。あんな捜索方法では見つかる証拠も見つかりません。落ち着いて淡々粛々と執行します。また、捜索前に家宅捜査令状を提示しますし。

以上のような事実と違う事が描かれていても、これは事実に基づいたフィクションなのです。興業作品なのです。全ての歴史物映画に言える事です。忠臣蔵だって事実通りに映画化したら、つまらない作品になります。

少なくとも水俣病を知る切っ掛けにはなる筈です。その後に事実を調べればいいのです。

全体的には、映画としては良質な作品だと思います。ただ、鵜呑みにしてはいけません。
山浦国見

山浦国見