tanayuki

アラビアンナイト 三千年の願いのtanayukiのレビュー・感想・評価

3.5
例のごとく邦題がまぎらわしいが、原作は『アラビアン・ナイト』そのものではなく、A.S.バイアットの短編小説「ナイチンゲールの瞳の中のジン(The Djinn in the Nightingale's Eye)」。

ジン(一般にJinnまたはDjinと表記する)というのはアラブ世界で広く信じられている精霊で、ふだんは目に見えないが煙とともに巨人や動物、美女の姿となって実体化し、人ではないが人のように思考し、人と同じく善いジンも悪いジンもいるという。このあたりのおおらかさは、そこらじゅうにいる日本の神々と似て、イスラーム以前から伝わる俗信のたぐいのようだが、唯一神を掲げるイスラームでもジンを排除することはかなわなかったようで、なんと、聖典クルアーンにも72番めに「アル=ジン(al-Jinn)」という章(スーラ)が設けられている。もちろん、おまえらが信じているジンだって、アッラーの偉大さを知り、帰依してるんだぞ(だからおまえらもアッラーのことを信じなければならん)、という説話として取り込まれてるわけだけど、厳格な一神教の中でものらりくらりと生き残るしぶとさとゆるさには、どこか親しみを感じてしまう。

本作に登場するジンは、ガラスの瓶に閉じ込められ、そこから解放してくれたアリシア教授に「3つの願いをかなえてやる」と申し出るところは、「アラジンと魔法のランプ」の魔神とそっくりだが(ディズニー版『アラジン』ではジンはジニー(Genie)と名を変えて登場する)、実は、この「アラジンと魔法のランプ」の話は、オリジナルの『アラビアン・ナイト』(なんてものがあれば、だが。アラブ版「今昔物語集」みたいな民間伝承の寄せ集めなので、正式なオリジナル版があるわけではない)には出てこない話だということを、今回はじめて知った。18世紀初頭に『アラビアン・ナイト』を翻訳してヨーロッパにはじめて紹介したフランス人アントワーヌ・ガランが、アラビア語の写本や原典にはない、アレッポ(当時はオスマントルコ領)のキリスト教徒から聞いた話を勝手につけ加えちゃったというのだ。有名な「アリババと40人の盗賊」も「空飛ぶ絨毯」も、同じくガランが勝手に加えた話らしい。おいおい、なんてことしてくれたんだよ(苦笑

まあ、そんなわけで、ジンは出てきても『アラビアン・ナイト』とは本来、縁もゆかりもなく、しかも英国人作家が創作したファンタジー小説に、臆面もなく『アラビアン・ナイト』とつけてしまうあたりが、日本の配給会社の頭の悪さを表してるんだけど、そうでもしないと、いくら『マッドマックス フューリーロード』でメガヒットを放ったジョージ・ミラー監督の次回作といっても、これだけ地味で抑揚のない恋愛ファンタジーを売り込むのは至難のワザだったのかもしれず、少しは同情の余地がある気はする。

まあ、地味な作品です。しいてあげれば、アリシア教授役のティルダ・スウィントン様が、本作の撮影時に御年60歳を超えていたという事実のみ。おばあちゃんにはとても見えない美しさにうっとり。

△2023/12/28 U-NEXTでレンタル鑑賞。スコア3.5
tanayuki

tanayuki