シゲーニョ

エクストリーム・ジョブのシゲーニョのレビュー・感想・評価

エクストリーム・ジョブ(2018年製作の映画)
3.9
本作「エクストリーム・ジョブ (19年)」は、ヘマ続きで、さっぱり成果を出せない麻薬捜査班の5人組が、ヤクザの張り込みのために買い取ったフライドチキン屋が大当たり!!事件の捜査より店が忙しくなってしまって、さてどうしよう…??という、サックリ笑えて、燃えて、ほんのり泣ける、超絶面白アクション・コメディなのだが、こうした“何かの囮で始めた○○○がなぜか大成功!”という切り口の作品は、何もこの映画が初めてというワケではない。

おそらくその嚆矢と云えるのが、往年のハリウッド産クライム映画、エドワード・G・ロビンソン主演作「詐欺請負会社(42年)」だろう。
ギャングが銀行強盗のために銀行の隣の旅行鞄店を買取って、隠れ蓑として商売を始めたら当たってしまうという展開で、そのリメイクと呼べるのがウディ・アレンの「おいしい生活(00年)」。
こっちも同じように銀行強盗の計画をした元ギャングとその妻が、銀行の近所の空き家を買ってカムフラージュとして始めたクッキー屋が大繁盛してしまうハナシだ。

だが、本作「エクストリーム・ジョブ」がエラいのは、決してワンアイデア勝負の映画に終わっていないところだろう。

そもそも「張り込みをしている刑事たちがチキン屋に変装して、それが大当たりしてしまう」というアイデアは、一般公募したシナリオから得たもので、それを「完璧な人(18年)」などの脚本を執筆したペ・セヨンと、本作の監督イ・ビョンホン(注:すぐ上半身裸になる俳優とは別人)が共同作業で改稿し、シナリオをドンドン磨いていったらしい。

イ・ビョンホン監督たちが膨らませていった作業の中で、先ずアッパレなのが、作品を支える“主役”である麻薬捜査班メンバー、それぞれのキャラクターが魅力的なことだ。

まぁ、ずさんで手荒い捜査ぶりのおかげで、上司から大目玉を喰らう刑事モノは、過去にも「ダーティハリー(71年)」とか「ビバリーヒルズ・コップ(84年)」、アジア代表ならジャッキー・チェンの「ポリスストーリー/香港国際警察(85年)」など先輩格の作品はいろいろあるが、本作の刑事5人組がそれらと一線を画すのは、ソコソコの常識人で仕事熱心ではあるものの、メンバー各々、頭のネジのどこかが一本緩んでいて、チームが上手くまとまらないところだ。

冒頭、メンバー紹介を兼ねての大捕物。
たった一人の、しかも銃刀といった凶器など一切所持していない麻薬の仲買人を捕まえるのに立てた作戦が、隠れ家のビルに窓から突入することなのだが、捜査経費が足りないジリ貧状態のため、窓ガラスを割ったら修理費がかかるという理由で躊躇してしまう…(笑)。
ただし経費不足なのは、決して経理からもらえないワケじゃなく、メンバーの内の一人が経費をチャッカリ着服しているから(!!)

また、結果追い詰めて逮捕するも、手錠を忘れたおかげで、一般車両16台の玉突き事故を誘発させ、それに巻き込まれた犯人は全治14週間の重傷。警察署長からは「逮捕するより、殺してくれた方がよかった…!!」と叱責される。
(注:署内のライバルチーム“強行班”からも、「町バスに轢かれたおかげで捕まえられたそうだが、スクールバスじゃなくてよかったな(笑)」と嫌味たっぷりにからかわれるのだが、この台詞が後々、活きてくる!!)

そして、渋々始めたチキン屋がまさかの押すな押すなの大盛況状態になると、現金を稼ぐことに味を占めたメンバーは、本業=潜入捜査をないがしろにするのだ。

あくまでも捜査のための「偽装営業」だったはずなのに…。

フライドチキンがバカ売れしたのも、チームの中に、誰もが絶賛する完璧なフライドチキンを作れる男がたまたま居たという、棚から牡丹餅的な展開なのだが、この偶然手に入れた幸運のおかげで、本来あるべき自分の姿を見失ってしまう。

序盤、メンバーたちが店の売り上げのことしか考えられなくなっていく中、唯一店を手伝わず、車から監視を続けていたヨンホ刑事(イ・ドンフィ)が密売人を尾行中、無線や携帯電話で協力を仰ぐのだが、店の営業を優先する他の4人からはナシのつぶてで、その結果、密売人を逃してブンむくれてしまうシーンがある。

不満タラタラで店に戻ってきたヨンホに向かって、4人が浴びせる言葉がたまらなくイイ。

「どこに行ってた?
 忙しくて大変だったんだぞ!」
「こっちは必死で働いているのに…!!」

それにブチ切れたヨンホが
「チキン屋が本業で、
 極秘捜査はオマケなのか?」と
マトモな反論で返すと…

「毎日、犯人ではなく鶏と格闘している
 オレたちの気持ちが分かるか!?
 180度の油を浴び、包丁で手を切り、
 絶えず痛みと戦っている状態なんだぞ!」

「玉ねぎ80キロ、ニンニク500個を
 毎日剥く大変さを知ってるのか?
 催涙ガスを浴びている気分だ!!」など逆ギレする始末。

最初は金儲けが目的じゃ無かったはずなのに、なぜ、店の切り盛りに追われることを素直に受け入れ、頑張るのか。

これは勝手な推論だが、多分、本業の警察での仕事、ミッションはミスを繰り返してばかりなのに、その本業のためにイヤイヤ始めたチキン屋の仕事が千客万来のにぎわいで忙殺されるものの、思いのほか儲かるわ、お客からの評判も上々で、今まで経験しなかった「やり甲斐」を、他の4人は感じるようになってしまったのだろう。

まさに本末転倒なのだが、これは人が生きていく上での性(サガ)を、絶妙に顕していると思う。

望んでやりたいことでは無かったかもしれないが、ちゃんと結果を出し、他人から褒められること、認められることは、喜びであり、生きていく上で必要な活力に他ならない。

こんなチームをリーダー役として引っ張るのが、リュ・スンリョン演じるコ・サンギ班長。
真面目で正義感が強いのだが、空回りすることが多く、出世が遅れていて、昇進はずっと班長止まり。
なので、この人の性格が、チームをこんなボンクラにさせた元凶の一つだと思えなくもない。

先輩後輩といった年功序列が厳しいお国柄のはずなのに、イヤ〜な後輩から捲土重来のチャンスをもらえば、「やらせてください、先輩!」と頭を下げる。もはや、自分のプライドさえ無いのだ。
しかし、身内から馬鹿にされるのには頭がくるらしく、チキン屋を買い取る捜査費用が無いため、退職金を前借りしてオーナーになる腹を決めたのも、妻のキツ〜い嫌味が原因。

「同期のチェ班長が課長になったお祝いでご馳走してくれるそうよ!町内会の班長も会長になったらしいわ。主人公が20年も班長をやってるドラマ『捜査班長』を観るのをやめたの!班長と聞くだけでイラつくから!!」

そして繁盛店になったことで、マジで「刑事として生きるよりも、チキン屋を続けて稼ごう!」と考え出すのだ。

劇中、店内の溢れんばかりの客に、額に汗し、笑みを浮かべながら対応するコ班長の姿が映し出され、そこに自身のモノローグがカブさってくる。

「恥ずべき成功より、
 価値ある失敗を選ぶべきだろう。
 だが妻よ、オレは恥ずかしくない。
 お前には苦労をさせたが、
 これからは家族で
 外食や旅行でもして楽しく生きよう。
 チキンはオレたちの未来だ…」

こんな風にチキンに未来を重ねてしまうほど、こじらせたコ班長の心を象徴するのが、GUCCIの紙袋だ。

コ班長はボロボロ、クタクタになって、潜入捜査から帰宅した時、妻に必ずGUCCIの紙袋を手渡す。但し、その中身は捜査で何日間も家に帰れず、着続け汚れてしまったコ班長の衣服だ。
受け取った妻は、こんなに働いても全く出世の見込みがない夫に失望している。同僚はおろか後輩にまでも昇進の遅れをとっている夫が情けなくて仕方がないのだ。

このGUCCIの紙袋は、コ班長の体面を保つある種の「見栄」のように思えるし、ダメな現実を考えさせる「気づき」にも感じてしまう。
(たぶん、GUCCIの紙袋を常に持ち歩くのは、妻に高級ブランドをプレゼントするほど自分はリッチで、夫婦仲は円満なんだぞ!ということを、周囲にアピールしたいからだろう…)

「家父長として必死で汗水働いた、そんな証がこんな汚い洗濯物でしかない…」

しかしチキン屋が繁盛すると、コ班長はGUCCIの紙袋の中に、本物のGUCCIのバッグを入れて、妻に渡すのだ。
当然、妻は大喜び!!壊れかかっていた夫婦関係も見事に修復!!
こんな体験をしてしまったら、コ班長でなくとも、もう昔の仕事には戻れない!戻りたくない!と思ってしまうだろう。


コ班長の部下たちも、彼に見劣りすることなく、観ていて「それ、どうなの?」とツッコミを入れたくなるほど、いい意味で無性に心配したくなる(笑)、アクが強いキャラが勢揃いしている。

先に述べた、正論をブチかます常識人ながら、押し出しが弱い性格が災いして、常に言いくるめられるヨンホを筆頭に、紅一点ながらも、気が荒くて口が悪く、すぐに手が出るチャン刑事。演じるイ・ハニは、ミス・ユニバースの韓国代表に選ばれた清楚な女優として知られているらしいが、本作ではほぼスッピン。ムカついた時に見せる変顔がとてもチャーミングでいじらしくもあり、「キレイなだけじゃダメなのよ!」という彼女の気概みたいなものを感じとれる。

また、チームの末っ子的存在であるジェフン(コンミョン)は、やる気は人一倍強いのだが、暴走してばかり。例えば変装して見張り役になることを任せられると、変装した人物に成り済ますことに躍起になって、結果本来の目的を見失い、監視するはずの現場をお留守にすることもしばしば…。

そして、鑑賞後も暫くの間忘れられない、強烈な存在と云えるのが、チン・ソンギュ演じるマ刑事だろう。

自分にとっては「犯罪都市(17年)」で演じた、「こんな凶悪な顔の人間がこの世に存在するのか!?」と思うほど度肝を抜かれた朝鮮族ギャングのナンバー2、超極悪人のイメージが強かったのだが、本作でのチン・ソンギュは、パッツン髪で、常に場の空気を読まない発言をするなど、その言動と表情のアンバランスさが衝撃的にクセになる、まさに“ギャグの塊”とでも称すべき、不思議な演技を披露する。

こういった個性豊かなキャラを、ストーリーから逸脱することなく、上手く調和させられたのは、様々な事情を抱える女性たちの友情ドラマ「サニー 永遠の仲間たち(11年)」の脚色を担当し見事に仕上げた、監督イ・ビョンホンの並外れた手腕によるものだろう。

そういった意味で、本作「エクストリーム・ジョブ」を観ていて、一時も飽きさせず、没入感を高めるのは、ツイストにツイストを重ねたストーリーテリングにあると思う。

特に終盤、最後の最後で、とんでもない方向に舵を切るのだ。

ネタバレになるので詳細は最小限に止めるが、まるで「狼よさらば(74年)」か「イコライザー(14年)」、あるいは「ボーン・アイデンティティー(02年)」のような、「ナメてた相手が実は○○○でした」的な様相へと突然様変わりする。

さらにそこに、韓国映画定番の、古くは「火山高(02年)」「マルチュク青春通り(04年)」、テン年代なら「哀しき獣(10年)」などで、大いに魅せられた大乱闘・タイマン勝負をブッ込んでくる。

また、劇中使用される凶器が、やはり韓国映画お馴染みのナイフだったり包丁だったりで、しかも心臓に一差しとか頭をかち割るという、ある意味“大味な殺し方”ではなく、観ていて痛覚を刺激されるような、太腿とかアキレス腱とか小さな部位を狙ってくる。

ちなみに、「哀しき獣」のナ・ホジン監督のインタビューによると、実際、韓国の組織犯罪では、殺しの道具はナイフや包丁が主で、狙われるのは足の付け根から足首までの間の動脈、大腿動脈とか足背動脈あたりらしい。
致命傷を負わせることが出来て、たとえ捕まっても殺意を立証しにくい部位だからだそうだ。

閑話休題…

そして敢えて付け加えたいのが、監督イ・ビョンホンの映画愛、クライム・アクション映画ファンの心をくすぐるような、80年代から90年代のジャンル映画へのオマージュ。

終盤のクライマックス、その舞台をなる埠頭の絵づらは、もろに「リーサル・ウェポン2(89年)」か「リーサル・ウエポン4(98年)」でのラスト・バトル、その「LOOK=画の雰囲気」をどうしたって思い起こさせるし、キアヌ・リーブスが潜入捜査官を演じた「ハートブルー(91年)」での、犯人を取り逃したことで悔し紛れに宙に向かって銃を発砲するシーンそっくりの場面もある。

[蛇足ながら、大団円を迎える直前、逃げる敵の親玉の足を、這いずりながら×××が噛む場面は、サム・ライミの「死霊のはらわた(81年)」で、悪霊に憑依されたガールフレンドに足首を噛まれるブルース・キャンベルのシーン、そのオマージュだろう…笑]

さらに最後の方では、手負いの×××に寄り添う部下のBGMに、香港ノワールファンならば感涙必至の、「男たちの挽歌(86年)」で、レスリー・チャンが歌った主題歌「當年情」が流れてくる(!!)

「君の笑い声がボクを温める/まるで雷に打たれたようにボクは幸せで満たされた/そしてキミは囁く/一緒に歩んできた長く険しい道がもうすぐ終わると/ついにボクたちは明るい陽の下に照らされる」

これは、頑張ってきたのに実を結ばず、苦しかった長き日々がようやく報われる時が来たことを喜ぶ麻薬捜査班、彼らの心情にも思えるし、失敗ばかりしてきた自分たちを信じて、支え励ましてくれた×××への感謝の念にも感じられる…。

(でも多分正解は、自分の盾となり重傷を負わせてしまった×××に対する罪悪感と、出来れば身代わりになって撃たれたことを忘れて欲しいと図々しくも願う、まだまだ大人になりきれない○○○○の甘えた気持ちを歌っているのだろう…笑)


ただし、監督イ・ビョンホンの本作でのサンプリング(模倣再生)は、かつてある時期のタランティーノやエドガー・ライトのような、「わかるヤツにわかる小ネタを随所に投入する」とか「整合性は無視して、自分が好きなものだけを放り込む」といった刹那主義的な演出法にはあまり感じられず、あくまでも語るべき「ストーリー」が最上位であり、オマージュといった他作からの引用は、ストーリーを「サポート」するカタチで、出しゃばらず、ナチュラルな感じで用いられているように思えた。

さて、このように本作「エクストリーム・ジョブ」は、コンセプトで押し切る一点突破型ブロックバスターに見せかけて、実は多彩かつ細やかな手練を駆使した、まさに“娯楽映画の王道”を堅実に守った作品なのだが、あくまでも個人的にだが、少し物足りなかったというか、惜しかったところが若干ある…。

映画の3分の2を過ぎたあたりだろうか、以降、普通の刑事モノ、クライム・アクション活劇になってしまう点だ。
あれだけしつこく前半をフライドチキンネタで盛り上げたのに、終盤に入るとフライドチキンの「フ」の字も出てこない。

例えば、ラストの戦いの一つの“機転”として、フライドチキンにまつわる“何か”を駆使して欲しかったと思うのは、欲張りすぎだろうか。

「ヤクザを油で揚げてやっつけろ!」とか、「鶏の骨を武器にして戦え!」とか言っているのではなく、コ班長たちが偽装営業ながらチキン屋を興したことで、得をした人・損をした人・不愉快に思った人など、劇中、いろいろな登場人物がいたワケで、そんな彼らのうちの誰かが、麻薬捜査班の大ピンチを救うか、足を引っ張る展開にでもなれば、幾分ほど溜飲が下がったと思うのだが…(笑)



最後に…

本作「エクストリーム・ジョブ」を語る上で、必須のアイテム、フライドチキンについてなのだが、自分に限ったことかもしれないが、韓国でフライドチキンがこの映画で描かれているように、安かろう美味かろうの“国民食”として親しまれているとは、全く知らなかった。

自分の生活圏内、その近くにコリアンタウンが無いことも原因の一つだろうし、あの“韓流ブーム”以降、K-POP含め韓国から発信される情報・流行に無関心だったことが、そうさせたのかもしれない…。

そんな自分でも、劇中で何度も何度も、バリバリのシズル感で美味しそうに映し出されれば、コ班長たちが作ったあの「カルビ味チキン」を、どうしても食べたくなってしまうのは仕方が無いことだろう。

劇場鑑賞からもう3年以上も経つのに、未だに食べたことがないし、現実として日本で「カルビ味チキン」が販売されているのかどうかも分からない。

(ネットで調べたところ、この映画に影響されたのか、ソウル市近郊の水原では「カルビトンタク」という呼び名で、実際に販売されているようだが…)

もし、日本で「カルビ味チキン」を食べたことがある方、今でも売っている店をご存知の方がいらっしゃいましたら、お手数おかけしますが、このレビューにコメント頂ければ幸いです…(笑)