『人は何のために生まれてくるのか?』
誰もが一度は考えたことがある問いだろう。
その答えは分からないが、
生きるということを前提にした場合、その目的と意味を、自分自身で見出すことはできる。
経済動物である馬と人間の違いはそこにあるし、
目的がなければ生きる意味がないと逆説的に考えた際には違いは無いのかもしれないし、それは逆説的でさえ無いのかもしれない。
映画を観ている最中にもなんとなく気づいていたが、
主演のブレイディ、父親、自閉症を抱える妹のリリー、彼の友人たちは役者ではない。彼らはカウボーイとして生活する本物のコミュニティーである。
ブレイディの傷も本物の傷である。
2年もの間、監督・脚本のクロエ・ジャオは彼らの生活に入り、実際に見聞きし体験している。
ではドキュメンタリーなのか?というとそうではない。
クロエ・ジャオはこう語る。
「真実も必要ですが同時にここには情緒を含む詩的な感覚を求めるのが人間的な気質だと感じます。ドキュメンタリー監督たちは物語の中に詩的な感覚を持ち出さずにはいられません。わたしはフィクションの中に真実を持ち出します。結局は同じことです。」
真実性がフィクションによって引き立つ。
だからこそクロエ・ジャオの映画は美しいし、痛々しいし、生命力に溢れているし、
凄まじい没入感をもたらしてくれる。
クロエ・ジャオここにあり。名作中の名作。