YAJ

COLD WAR あの歌、2つの心のYAJのネタバレレビュー・内容・結末

COLD WAR あの歌、2つの心(2018年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

【喝采】

 ポーランド版『アリー/スター誕生』? パベウ・パブリコフスキ版『ROMA』?? あるいは、狂気の愛を描いたものとして、大島渚の『愛のコリーダ』も彷彿させる(そこまでエログロではなかったが、フランスとの合作という妙な符合もあり)。

 場面の絵作りがいい。とにかく映像が美しい。モノクロのトーンが抑制の効いた時代と感情を表現していると言おうか。
 さらには、なんだか狭い画面構成。後から知ったが、スタンダードサイズというフィルムの巾らしい。縦横比1:1.38、いわゆる35㎜ってやつ? カメラを覗いて、いつも撮っているサイズに近い。そうだったのかー。映画館で見ると、妙に狭く感じた。横長より、むしろ縦に長いとさえ思えるくらい(イメージとして)。

 冒頭、ポーランドの片田舎に出向いて、民族音楽を収集するシーンがいくつか展開されるが、広い白い草原(ひょっとしたら雪原)を、一台の車が画面の右隅を走ってくるが、上部のふんだんに余白を残したかのような映像が実に絵的に美しい。そのほかにも、地平線を画面の下のほうに配し、縦長(に見える)画面の余白を活かした、意図的な構図が印象的だった。あるいは幅狭い窮屈なところは時代の閉塞感を表現していたのかもしれない。
 『ROMA』がカメラワークで意匠を凝らしたとすれば、本作はスクリーンサイズに作意あり、というところか。

 時代は冷戦下の1950~60年代。 祖国の民族音楽を残していこうとする音楽舞踏学校で出会ったピアニストのヴィクトル(トマシュ・コット)と、歌手志望のズーラ(ヨアンナ・クーリク)の恋を、時代とともに変容していく音楽を背景として(まさにBGMとして)描く一大抒事詩。

 民族音楽や古典音楽こそが、素朴で高貴純潔とは思わないが、時代を下るにつれ、JAZZやマンボ、ロックンロールといった音楽が流行り、どこか廃頽的なムードが漂うのは興味深い。二人の愛、関係のうつろいも音楽に象徴されているのだろう。

 主演のヨアンナ・クーリクの魅力も大きい。いや、かなり、大きい。『夜明けの祈り』(2016)でも地味な修道女を演じてた彼女。
 一見、野暮ったいのに、実に官能的。『Lost in Translation』の頃のスカーレット・ヨハンソンを思い出す。時代と共にどんどん変わっていくズーラ、その魔性に引き込まれる作品。

 あとは、なんといっても、本作の隠れた主人公である音楽。ポーランドの民族音楽であるマズルカなど、音楽のことがもっと分かっていれば、より深く楽しめただろうな、と思う。
 歌は世につれ、世は歌につれが、東欧を舞台に見事に表現されていた。今後、また注目してみよう。

 日本とポーランドは、今年(2019年)、国交樹立100周年なんだそうな。



(ネタバレ、含む)



 ポーランド版『アリー/スター誕生』と、思ったのは音楽劇であることに加え、女性がスターダムにのし上がっていくのに対し、かつて一定の地位にあった男性が落ちぶれていく点が似ていること。ただし、結末は『アリー/~』のように一方的でないところが素敵。 そして、男をダメにする魔性度は、ガガ様より、だんぜんズーラ=ヨアンナ・クーリクのほうが上なのだ。

 本作がパベウ・パブリコフスキ版『ROMA』であるのは、実は、パブリコフスキ家の物語だったという事実。
エンディング直後、“両親に捧ぐ”という字幕が出る。ポーランド、ベルリン、パリ、ユーゴスラビアを舞台とした奔放な恋路の物語は、なんと実の両親の姿だったというから驚いた。アルフォンソ・キュアロンの半自伝的な物語だった『ROMA』とは、モノトーンと言う表現上の共通項だけではなかったところが面白い。

 もう一つ、鑑賞しながら思い出していたのが、なぜか日本の昭和の大ヒット曲「喝采」だった(作詩吉田旺、作曲中村泰士 歌ちあきなおみ)。
 この歌の主人公の女性も歌手だ。3年前に止めるアナタ(男)をふって汽車に飛び乗る。恐らく、その後も女性はきらびやかな世界に身を置き続けるのだろう。♪いつものように幕が開き、今日も恋の歌 うたっているのだ。

 本作も、最初は男が女を置いてフランスへ亡命するが、その後、男を翻弄し続けるのは、むしろ女性のほうだ。出逢っては別れ、また求め合っては離れてゆく。一見、冷戦下という時代に翻弄された男女の恋愛を描いているように思えるが、さにあらず。彼らは社会体制に抗ったのでもなく、時代に恭順したのでもない、ただひたすらに自分に正直に生きた。

 その結果の行きつく果てが、出会った頃のポーランドの片田舎の教会だった。
 ひなびた町の昼下がり、教会の前にたたずみ、つたがからまる白い壁・・・♪ 
 ラストシークエンスで、またも個人的BGMは「喝采」だった(笑)

 ただ「喝采」と異なるのは、“ひとりのわたし”ではないこと。
 狂おしいまでの愛を描き出す、大人な秀作。
YAJ

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