ひでやん

ファウストのひでやんのレビュー・感想・評価

ファウスト(1994年製作の映画)
3.8
唯一無二の不気味な世界。

ゲーテの戯曲を独自でアレンジし過ぎて、あまりにもかけ離れたラストに唖然。15〜16世紀頃の錬金術師を、現代の中年サラリーマンに置き換えたシュヴァンクマイエル版『ファウスト』。

地図に導かれ、不気味な建物に辿り着くのだが、そこに足を踏み入れる前に既に奇妙。引きずられた人形が扉に挟まったり、玄関からニワトリが飛び出したり、パンの中から卵ひとつ。序盤から奇妙な世界が日常に流れ込んでいる。建物の中は、地下の人形劇場から錬金術の実験室、そして食堂へと繋がる不思議な世界。それを前作『アリス』のように「不思議な国のおじさん」として観ると違和感を覚える。

なぜ舞台衣装を纏う?なぜ鞄を持って行く?なぜ呪文を唱える?とおじさんに訊きたいが、アルピニストのような答えが返ってくるのだろう。ファウストがファウストを演じる人形劇開幕である。子供の頃に観た人形劇に影響を受けたゲーテが書いた『ファウスト』。それをチェコの芸術大学で人形劇を学んだヤン・シュヴァンクマイエルが表現すると、今作が人形劇であるのも納得。

悪魔メフィストフェレスを召喚し、己の魂と引き換えに人智を超えた知識と幸福を得ようとするファウスト。契約書のサインを阻止しようとする天使たちの奮闘、呼び出して追い払う悪魔いじめのループ、そして扉に挟まった序盤の人形が未来の暗示かのようなラスト。人形を操る手を映し、顔は決して映さない。すべてを操るその顔は、愛すべき原作クラッシャー、ヤン・シュヴァンクマイエルだ。

人形劇や粘土細工、ストップモーションなどの映像技術を駆使した世界は見事。虚構と現実が混ざり合い、人間と人形劇の境界が曖昧になる独特の世界観にどっぷり浸かった。
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