カツマ

リバー・オブ・グラスのカツマのレビュー・感想・評価

リバー・オブ・グラス(1994年製作の映画)
3.9
ただ何事もなく漂っている。何もない土地で生まれた、どうしようもなく空虚な生活と共に。何となく旅に出た。全てを捨てて、何もない場所から飛び出してみたくて。でも、飛び出した場所も雑草ばかり。退屈なまま、車はどこでもない道を行ったり来たりするばかり。逃げるのはやめ。彼女は全てを投げ出すように走り出す。

今作はインディペンデント映画界のカリスマ、ケリー・ライカートによる非常に手触り感のある長編デビュー作である。そこに映るのは女と男と警察とバーテンダーと車一台。今よりも女性監督が少なかった時代にあって、彼女の先鋭性を感じるに足る野心的で開拓者精神を宿した一本となっている。監督が司るカメラワークと印象的なセリフ、そして、ジャズドラムを散りばめたサウンドトラックが静かな物語に躍動感を盛り込んだ。転がるように走り行く。どこに向かうのか分からないからこそ、この映画はロードムービーらしさを失わないのだろう。

〜あらすじ〜

この物語はとあるバーで始まる。警察官のライダーは、バーの金を盗んだ窃盗犯を捕まえようと銃を携えて追いかけるも、発砲しようとした銃は彼の腰には刺さっていなかった。彼は銃を無くしてしまったのだ。残されたのは逃げていく犯人の足音と空回るような波の音ばかりであった。
一方、南フロリダに住む30歳の主婦コージーは平凡で退屈な日々に飽き飽きしていた。コージーは警察官ライダーの娘であり、父、夫、子供たちと淡々とした日々を過ごしていた。そんな彼女だが、ふと何も考えずに家を後にする。原っぱの広がる草原を突っ切り、夕暮れの景色の中で道路を無造作に横切っては車に轢かれそうになった。
その後、彼女を轢き殺そうとした車のドライバー、リーとバーでバッタリと出くわすことに。リーは未だに実家暮らしのニートで、比較的うだつの上がらない生活をしていた。実はリーはライダーが紛失した銃を所持していて・・。

〜見どころと感想〜

平凡な人生を歩んでいた母親が何となく人生の垣根を越える。道のないロードムービーとはよく言ったもので、最初から最後まで本当に何も起きない。が、彼女の中で何が起きているかは、我々の感性に委ねられている。感情の説明もなく、大雑把中な構成だが、不思議と目を惹きつける。それは一つ一つの情景のインパクトだろう。ケリー・ライカートという人の画面作りの旨さと、心象を風景に刻み込む技術はすでに萌芽を迎えており、見逃せないシーンとして深く脳裏に焼き付いた。

主演のリサ・ドナルドソン(リサ・ボウマン)は、やさぐれた主婦役にピタリとハマってしまう風貌で、美人だが、どうしようもなく素朴な雰囲気を醸し出している。その後のキャリアは見つからず、目立った俳優活動はしていないように見える。だが、共演のラリー・フェセンデンはその後、ホラー映画などB級(またはそれ以下)の映画に多数出演しており、未だに役者として活躍中。この映画はもう30年も前の作品なので、この頃、すでに迫り上がってきていた彼の頭皮は誰もが予想できる結末を迎えている。

この映画の大筋のメッセージは監督自身のキャリアと無縁ではないだろう。何もないかもしれない道をただひたすらに走っていく。ケリー・ライカートはこの後、資金繰りに苦労し、次作の長編映画の完成まで実に10年以上を要した。だが、道なき道を突き進んだことにより、トッド・ヘインズからの後押しや、ついにはミシェル・ウィリアムズという名優と出会うことになる。これはそんな彼女の冒険の第一歩。すでにエンドロールが長いことからして、ケリー・ライカートという人は周囲から愛される何かを所持していたのだろう。

〜あとがき〜

先日の『ウェンディ&ルーシー』に続いて、二本目のケリー・ライカート作品の鑑賞となりました。デビュー作ということでかなり荒削り。ですが、この手の監督の感性とセンスで突破してる感のある初期作って味があって好きなことが多いです。

物語はサスペンスなのかな?と思いきや、あくまで主人公は主婦コージーの視点でしたね。ケリー・ライカートが女性監督して詰め込みたかったメッセージはラストにしっかりと刻まれています。次は何を観ようかな、と模索しているところですが、『オールド・ジョイ』か『ミークス・カット・オフ』のどちらかにしようかなと思っています。
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