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シャブ極道のドントのレビュー・感想・評価

シャブ極道(1996年製作の映画)
4.3
 1996年。猛烈に面白かった。感動した。昭和の後半から平成の時代、関西の弱小ヤクザから組長へと成り上がっていく真壁という男(シャブ中かつシャブ信仰者)とその妻が駆け抜ける一代記。2時間40分テレビ/シャブは地球を救う。
 夏の朝、ボロアパートの一室、裸の女ふたりを傍らに起き上がった真壁はスイカに白い粉をかけてモリモリ食べる。それから舎弟と共に借金の取り立てへ。工場主に灯油をかけてライターで脅して金をもぎ取り、昼日中の球場でハッピ姿で阪神を応援する組長へと報告して……という導入から何というか、全員が人として全部間違っている。さらに賭場で見かけた別の組の偉いさんの女に鼻血を出して一目惚れ、「よしっ! あいつをバットで殴って女を奪おう!!」と思い立ち即実行。全部間違っている。
 ところがどっこいこの真壁、とにかく猪突猛進でまっすぐなので、周囲も困りつつ「まぁそんだけ熱心なら」「いつか使えるかもしれんし」「あんたがそんなに私に惚れてるんなら」と、幸運も重なって比較的穏便に許してしまう。本人はそれを利用しようなどと毛ほども思ってないのでまた愛嬌がある。全部間違ってるけど。
 本気なのは行動だけではない。シャブ愛も本気の本物で、儲けはあくまで副産物、「シャブで日本を、人類を幸せにする」と本気で考えている。新製品開発にも余念がない。愛と情熱の人である。プロジェクトXですね。こういう真面目さ、ひたむきさに妻も惚れたわけだ。ただし繰り返すが、全部間違っている。ムチャクチャである。
 全部間違っているがしかし、登場人物の中で真壁がいちばん間違っており、裏を返せばこれ「逆方向の全部正解」ということにもなりはしないか? ならない? そう……。ともあれ艱難辛苦や逆境、揉め事に呑まれてくじけそうになっても熱意(とシャブの幻覚)をもって「一念」を通そうとする真壁の姿にある種の爽快感、痛快さ、気持ちよさが生じてくる。
 ピカレスク(悪漢)映画と呼ぶには悪さがない。エロもグロもクスリの悲惨もない。まぁ単に描かれてないだけですが……。作品に大阪的なパワフルさが音を立てて流れていて、物語も笑い、涙、人情、夫婦愛がギュウッと詰め込んであってアッパーである。役者たちの演技はもちろんのこと、ゆるい長回しや引き締まった映像なども秀でていて、さらには時代性まで噛ませて160分の長丁場、一切飽きさせない。
 その先に待つのは、(間違っていても)懸命に走った者だけに与えられる美しい奇跡。これには泣かされましたね。正しくなさも押し切れば美しさが宿る。それが限りなくミニマムに訪れる。素晴らしい。90年代Vシネマな画質が少し残念だがこれ、4Kリマスターにしたら相当に美しい代物になるのではないか? 何度でも書くが全部間違っている。間違っているのに、胸を熱くさせる。こんな映画はそうそうない。映画は何をやってもいい。
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