ドント

ファースト・カウのドントのレビュー・感想・評価

ファースト・カウ(2019年製作の映画)
3.5
 2019年。深い旨味、精進料理の如し。開拓時代の西部、「お前いらねぇわ。砦に着いたしな。はい追放」とパーティを追い出された料理人は気弱なせいもあってどうしよう、と悩んでいた。そこに現れたのは以前助けた山師の中国人、ふたりは金持ちが仕入れた牝牛の乳を盗み搾り、そのミルクで揚げパンを作るとボロい集落で大好評。しかし……
 西部を舞台にしながらもガンマンも保安官も悪漢も鞭も町もなく、復讐劇や勧善懲悪もない。主役は喧嘩はダメな困り顔のシェフと存外に義理堅い流浪の山師。彼らが甘くて油っこいものに飢えた男どもに揚げパン(字幕ではドーナツだけど穴はない)を売り、きったねぇ男どもは「うま~い!」「甘~い!」「おふくろの味だ~!」と大喜び。
 おおよそタフガイ不在の、「西部劇」と聞いて思い浮かべる代物とは正反対の話である。森の場面が多いし、地面もジメジメしておる。けれども、当時の西部は別にイカしたガンマンばっかりじゃなかったろうし、カウボーイだらけでもなかったろう。開けた町のバーで男たちがボカスカやったりしていたわけではない。本作でもバーで男たちが殴り合うが、店はちっちぇえし律儀に外でポコスカする。リアルというか生活感がある。
 かわりに入ってくるのがシェフと山師ふたりのていねいな生活とお料理、そして友情。つまりは西部にもいたであろう「弱い」男たちを掬い上げる物語と言える。とは言え監督の手つき顔つきはマッチョさを否定するものではなく、ライトをよっこいしょと動かして光の当たりにくい非タフガイに向けているだけ、といった塩梅だ。
 そういった手つきと内容がほどよくハーモニーを奏でて、ものすっごい地味なんだけど、なんだか心に残る、そんな上品な和食を思わせる作に仕上がっていた。一方でショットの強度は他作と比べていささか弱い。キューッと引き込む力が不足していて、もったいない気がした。
ドント

ドント