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バービーのtanayukiのレビュー・感想・評価

バービー(2023年製作の映画)
3.7
女の子の理想を実現したはずのバービーランドが、なぜティーンエイジャーに響かないのか。それまでバービー人形で遊んでいた子たちがある年齢になると一様に離れていってしまうのはなぜか。

「なりたいものには何にだってなれる(YOU CAN BE ANYTHING)」バービーランドでは、大統領も最高裁判事も医者も弁護士も物理学者も外交官も、目立つポジションはみんな女性が占めていて、男は単なる添え物にすぎない。男に選択の余地はなく、それを疑問に思うことはあっても、みずからの手でなんとかしようと立ち上がることもない。自分たちの窮状をバービーたちに訴えることしかできないが、それも軽くいなされてしまう。だって、ここは完璧なバービーランドで、みんなハッピーで、悩みなんか絶対ないんだから。

ん? これってどこかで見た景色だなと思ったら、なんのことはない、リアルワールドで日々、女性たちが感じている不満そのものだ。バービーの言う「みんな」に男は含まれていない。かつて女性たちが「人間」とみなされていなかったように。バービーランドはリアルワールドの男社会の裏返しであって、踏みつけにされた男たちの存在ははじめからなかったことにされている。それはあたかも、奴隷の存在がなければ成り立たなかった古代ギリシャやローマの「市民社会」を思わせる。

問題は、バービーランドは想像の産物なのに、女性を踏みつけにした男社会は現実にしっかり根を下ろしていることだ。だから、女の子たちは、世の中の現実を知り、バービーランドが夢の世界にすぎないとわかると、バービー人形を遠ざけるようになる。「子育てをする母親」というたったひとつの役割から女の子たちを解放し、エンパワーするために生み出されたはずのバービーは、いまや、ルッキズムの象徴であり、失望と嫌悪感をもたらす古臭いアイコンとなってしまった……。

夢の世界にとじこもっているだけでは、世の中を変えることはできないし、女の子たちを真に勇気づけることもできない。バービーランドから抜け出したケンは、リアルワールドの男社会にすっかり感化されて、それをそっくりそのままバービーランドに持ち込もうと画策する。一方、バービーもケンの野望を打ち砕くべく立ち上がる。母親業は楽しめ、でも子ども自慢はするな。キャリアは持て、でも周りの世話もしろ。スタイルがよすぎても、悪すぎてもダメ。目立たなくても、目立ちすぎてもダメ。相矛盾する要求を日々つきつけられる女性たちのつらさを代弁するグロリアによって、バービーたちにかけられた魔法(洗脳)は解かれ、彼女たちは覚醒する。

全米が涙した(主語がデカすぎてごめんなさい!)というグロリアのスピーチについて、グレタ・ガーウィグ監督が語った言葉。

「女性が強いられるすべての矛盾をアメリカがスピーチする、その演技を私は近くに座って見ていたんですが、そうするうちになんだかゾクゾクするものが込み上げてきて、泣けてきてしまったんです。周囲を見回たら、セットにいる全員が泣いていることに気付きました。女性だけでなく、男性も全員が泣いていたんです。そこには何かがあると感じました。まるでみんながきつく張ったロープの上にいて、一歩間違えば全員が粉々に崩れ落ちてしまうような。そしてアメリカが演じるグロリアは、みんなでそこから降りようよと言っていたんです。彼女の指摘に、私たちはほとんど凍り付いたような感じでした。というのも自分たちがどれだけ高い場所にいるか気づかされたからです」

グレタ・ガーウィグ監督が『バービー』を通して伝えた本当のメッセージ【CINEMA ACTIVE! 撮る人々】
https://www.elle.com/jp/culture/movie-tv/a44767308/cinema-active-greta-gerwig-23-0811/

だが、覚醒した先が男社会の裏返しの「変化を拒否した元のままのバービーランド」ではつまらない。それって女の子の理想(≒欲望)を具現化したといいつつ、男の子の存在を無視した世界でしかないのだから。女の子たちがいまの現実(男社会)に納得せず、それを変えていきたいとのぞむなら、バービーランドも元のままではいられない。変化への期待を宿して、物語の幕は下ろされる。

△2023/12/24 U-NEXTでレンタル鑑賞。スコア3.7

追記:
クリストファー・ノーラン監督とワーナー・ブラザーズの仲違いと、それに対するワーナー側の意趣返し(『オッペンハイマー』の全米公開日に『バービー』をぶつける)に端を発した「Barbenheimer」現象は、キノコ雲騒動が持ち上がるまでは、映画ファンと映画人が生み出した、Win-Winの幸福な解決策だった。日本では同時に見ることはかなわなかったけど、配信とはいえバービーは見たよ。来年日本での公開がやっと決まったオッペンハイマーを楽しみに待ちたい。
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