KSat

家のKSatのレビュー・感想・評価

(1997年製作の映画)
5.0
とんでもないものを観てしまった。

台詞は一切なく、物語性を完全に排し、キャメラはほぼ屋敷の中から出ることなく、そこで彷徨い、食し、眠り、奏で、蠢く人々や動物達をとらえる。

でありながらそれは、これっぽっちも演劇的ではなく、かといって写真のそれでもない感動をもたらす。

即ち、顔に刻まれた皺、少女の瞳の中の僅かに濁った光、痩せ細った背中に浮き出る骨、テーブルの上の犬の美しい姿勢、男の肌質の汚さ、こちらを向いた貌の衝撃的な様、あるいは遠くで聴こえるささやき声とドアの開閉、足音、呻き、そして炎と火花。

これらを観て、或いは聴いた時に得る、言語化不可能な感覚の蓄積がこの映画の総てであり、それが「映画的な悦び」たらしめている。

よく観ればこの映画に映る人々は、その者の容貌が画面に映るに堪えうるか否か、そこに存在するに足るか否かを、肉体の段階から吟味され、精査され、そして選り抜かれている。そこに費やす忍耐と審美眼の誠さを考慮すると、いかにこの映画が恐るべき過程を経て産み落とされたかがわかるだろう。

映し出される者の中にレオス・カラックスが居るが、彼の容貌もまた不思議なもので、いつまでも見るに堪えうるものであり、画面を間違いなく豊かにしている。彼の映画と本作の共通言語は炎であり、火花であろう。それがそれぞれいつ、どこで、どのように炸裂するか、刮目せねばならない。
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