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ガザを飛ぶブタのkaomatsuのレビュー・感想・評価

ガザを飛ぶブタ(2010年製作の映画)
4.5
2011年11月、第24回東京国際映画祭で鑑賞。

イスラエルとパレスチナの厳しい現実を笑い飛ばす、バチあたりでシュールなブラック・コメディーの傑作。元ジャーナリストとしてのクールな視点を活かしつつ、映画への愛情と独自のユートピア観が冴えわたる、シルヴァン・エスティバル監督渾身のデビュー作だ。イスラム教では絶対に不浄とされるブタさんが着ぐるみを着て大活躍するという、とんでもない前情報に惹かれ、映画祭の会場である六本木ヒルズに向かった。

パレスチナ・ガザ地区。パレスチナ人の漁師ジャファールは、ある日漁をしていたところ、網の中に魚と一緒になぜかブタが引っかかっているのを発見し、仰天する。イスラム社会では不浄な生き物とされるブタを手放すべく、売ってしまおうと小賢しく画策するが、買い手が現れない。仕方なく、このブタに毛皮のような着ぐるみを着せて、なんとかカムフラージュ。一方、ジャファールの家では、奥さんが家事をしているが、家の中にはイスラエル兵が監視している。このイスラエル兵、監視中にテレビの昼ドラを見ながら、ついつい奥さんと同時に涙している。程なく、ジャファールが毛皮を身にまとったブタを連れて帰ると、奥さんは卒倒。そしてある日、ブタを飼っていることがバレたジャファールは、なぜか仲間から自爆テロの役割を任され、ブタと共に爆弾を装着させられるのだが、果たして、その七転八倒の末は…。

このガザという地区で、ホントにそれやったらヤバいでしょ的な、下ネタも含んだブラックな要素が満載ながら、パレスチナ人とユダヤ人、どちらも抑圧・被抑圧の関係になり得ることをフラットに描いていて秀逸。そして、いたずらな風刺コメディとして茶化すことなく、すべての人々が国境や宗教を超えて、共生することができたら…という、シルヴァン・エスティバル監督の痛切な願いがこめられていて、とても感動的だ。こうしたエスプリの利いた海外の風刺劇は、日本の市場にはフィットしないのか、配給会社が現れず、一般公開とならなかったのは残念だったけれど、その後イスラーム映画祭で上映されたと聞き、とても喜ばしく思った。ちなみにこの映画が上映された第24回東京国際映画祭では、東京サクラグランプリ受賞の『最強のふたり』が話題をかっさらい、本作はその陰に隠れてしまった形となったが、観客賞を受賞し、どちらも見ごたえのある作品となった。

上映終了後の質疑応答に、シルヴァン・エスティバル監督と準主役のミリアム・テカイアさんご夫婦が登場。会場出口で二人と握手を交わし、六本木駅へ帰途を急ぐ途中、後ろから突然肩をポンと叩かれ、びっくりして振り返ると、なんとなんと、シルヴァン+ミリアム夫妻がそこに! そのまま一緒に日比谷線に乗り込み、満員電車の中で、身振り手振りでお互いの伝えたいポイントを探りつつ会話。そのとき、ミリアムさんからfacebookの友達申請を受け、この出会いをきっかけにfbを始めることに。さっきまでスクリーンの中で活躍していた人と、その映画の監督さんが、現実に目の前に、しかも共に地下鉄に乗っている……一期一会、人の縁とは不思議なものだ。余談ながら、昨年のメキシコ大地震で、メキシコシティ在住のテカイアさんの安否が心配だったけれど、どうやら無事だと分かり、ホッと胸を撫で下ろしたのだった。
(大幅に加筆して再掲載)
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