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百円の恋のEDDIEのレビュー・感想・評価

百円の恋(2014年製作の映画)
4.6
“恋”という生き甲斐と“ボクシング”というやり甲斐を得た何も持たぬ32歳女。実家で親のスネ齧りながら希望もない生活を送るが、生きる糧を得てからがむしゃらに打ち込む姿に震えた。人生はどんな状況でも意思一つで何度でも何度でも立ち上がれる!

武正晴監督の新作『アンダードッグ』の前後編が同時公開となり、同じく彼のボクシング映画である本作を鑑賞。
「安藤さくらが凄い!」という感想は至る所で見かけていましたが、今回初鑑賞。もう本当に「安藤さくらが凄い!」んです。

序盤、明らかに自堕落な生活をしている斎藤一子が映し出され、演じる安藤さくらはくたびれた体で何をするわけでもなく甥っ子とゲームに興じます。実家は弁当屋を営んでいますが、お店を手伝う素振りもなし。まさに“パラサイト”状態です。
離婚して息子と実家に戻って手伝いをしている妹の二三子(早織)とぶつかってばかり。朝から殴り合いにも発展する大喧嘩をしたことから実家を出て一人暮らしをする一子。というようなあらすじです。

その後、とある出会いをきっかけとしてボクシングを始める一子なんですが、ここからの変貌の仕方が凄い。ボクシングを始める前はお世辞にも魅力的とは言えないぐらいくたびれた様子でしたが、ボクシングに打ち込むにつれて体も引き締まり顔付きもキリッとしてきます。
『百円の恋』のタイトルは、一子が最初に始めたアルバイトが100円均一のコンビニで、一目惚れした男がそこの常連客だったというところでしょうか。
この一子が恋するボクサーの狩野を新井浩文が演じます。感情表現に乏しく、ただストイックにボクシングの練習に励む姿はかなりカッコいい。

最初は恋が動機だった一子も、とあるきっかけで真剣にボクシングに打ち込むようになるんですが、ここからの怒涛のような映画の疾走感が清々しいです。
最初は見た目にも気を使わない一子と全体的に暗いトーンだったため、重苦しい映画になるかと思いきや、どんどんテンポが上がっていき、気付けば一子に並走して全力疾走している自分がいました。

クライマックスのボクシングの試合では何度も立ち上がる一子の姿に涙腺をやられました。「ボクシングは甘くねぇ」という会長の言葉が彼女に重くのしかかりますが、それにも抗うかのように格上の相手に挑んでいく姿に心打たれないはずはありません。

何もやり甲斐や生き甲斐を持っていなかった一人の中年女。「若いから何でもできる」と優しい言葉をかける父親の言葉をよそに、プロボクサー受験年齢上限が32歳というボクシングの世界においては若いとは言えません。32歳の一子にとっては初挑戦ながらラストチャンスになるのです。
ボクシングのプロテストを受けるモチベーションができたことで、一子は体を動かさなくては気が休まらないぐらいにまで熱中していきます。いやはや凄い。ボクシングの構えが素人以下(素人でも何となくの構えはできると思いますが、一子はもともとボクシングに興味があったわけでもないので構えすら酷い)だったのに、どんどんサマになっていく模様に安藤さくら自身の役作りの努力が伺えます。

コンビニ店員も個性派揃いで面白かったですね。
休むこともほとんどなく心身疲れた優しい店長を宇野祥平、「規則だ、規則だ」といつもイライラしている本部社員の佐田を沖田裕樹、客が来てもずっと喋る口が止まらない野間を坂田聡、「マジすか、マジすか」しか言わない若い店員の西村を吉村界人、裏口からいつも廃棄弁当を盗みに来る元店員の池内を根岸季衣らが演じます。
吉村界人は本当にセリフがほぼ「マジすか」だけなので、ことあるごとに笑わせられます。
野間はあまりにもクズ野郎で、こんなおっさんにはなりたくないなと思わせられる存在。

そして個人的に気になったのは一子の妹の二三子役の早織。なんだか地元にいそうなヤンキー姉ちゃんの面持ちですが、家でのいつもイライラした感情と、仕事中の客前での笑顔のギャップがとても良かったです。
早織は河瀬直美監督の作品のオーディションで「女優に向いてる」と言われたことから本格的に女優を目指したそうで、本作の二三子役が素晴らしかっただけでなく、2017年には待望の河瀬直美監督作品『光』にも出演が叶ったそうです。いいサクセスストーリーですね。

作品の話に戻りますが、憎み合っているわけでもないから殴り合った後でも健闘を讃えあうボクサーの姿に関心を持った一子。このきっかけと設定を丁寧に活かしてくれたことが大満足に繋がった次第です。
いやぁとっても好きな作品でした!

※2020年自宅鑑賞311本目
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