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収容病棟のドントのレビュー・感想・評価

収容病棟(2013年製作の映画)
4.7
 2013年。すごい。雲南省にある長期収容型の精神病棟にワン・ビンがカメラを持ち込み「患者」たちの日常と様子を撮影する、ただそれだけのドキュメンタリー。「ただそれだけ」と書いたが、「ただそれだけ」であることのすごさ。
 ナレーションも音楽もなく、字幕は日本オリジナルかもしれないが一部の人に「名前/収容歴n年」と出るだけ。で、彼らがどういう病や症状、どんなことをしてここに入ったのかは、誰の口からも説明されない。どんな人生を送ってきたのかも。医師のコメントとか、見舞い家族による語りとかもない。映る人々のことは全くわからないと言ってもよい。
 各自の病状や状態が全くわからないまま、病院側は廊下に行列を作らせて、たぶん一律で同じ薬を機械的に飲ませている。個別治療とか面談もなさそう。病棟は「回」の形でまさに回廊。中庭を取り囲む外廊下には鉄格子がガッチリ嵌まり、4~6人が入る部屋がゾロゾロ並び、中に安いベッドがあるばかり。布団はボロい。あとはテレビルームひとつ、水道ひとつ、トイレ。暖房も冷房もない。
「これは、病棟っていうか……」と思っていると最後の最後に「病人や危険な者だけではなく、浮浪者、風紀紊乱者(曖昧!)なども収容されている」という説明字幕が出て、得心が行くと同時に「えぇ……」となる。要は病人だけではなく「社会のはみ出し者」「政府として都合の悪い人物」を突っ込んでおく施設として機能している側面もあるようだ。
 そんな建物としても日常としても「回廊」であるここで、しかし収容者たちは生きている。短調な時間、代わり映えのない毎日、出口の見えない日々を、ワン・ビンは馬鹿丁寧なほどに追う。「廊下を走るよ!」と半裸になって駆ける青年の背中を愚直に追いかける。ベッドでモソモソする男を延々と捉える。理由はよくわからないがスリッパでペシッ!と壁を叩く人をずっと見つめる。見世物的な雰囲気は限りなく薄い。ものすごく長く撮っているからである。1分で観られて消費される「おかしなヤツ」ではなく、長く切り出されることで「生きている人」として立ち上がってくる。背景や理由などわからなくとも、彼らは「人間」である、と。
 わかりやすいストーリーや展開などなくとも、「ここに人間が生きている」という実存的な強さがある。映像の圧倒的な強度もそれをがっしりと支えている。最後の美しいやりとりがその証明であるかのようにも聞こえる。幽霊などいない、俺たちは今、生きている。そしてまた、中盤に書いた「収容されているのは病人や障害者だけではない」というラストの字幕は病院、行政や政府(?)の冷たさ、非人間性を示す。
 後年の『死霊魂』が「私たちは生きのびた。が、死んだ者も大勢いた」という作だとするなら、こちらは「私たちは生きている」というドキュメンタリーだろう。4時間がまるで長く感じない。というかこの長さが必然、当然とも思える。人間が生きているということを純粋に、念入りに描くのには、4時間だって短い。けれど濃密に、見事に、4時間でやってのけている。すごい。
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