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それでも夜は明けるのNMのレビュー・感想・評価

それでも夜は明ける(2013年製作の映画)
3.5
1841年、ニューヨーク州サラトガで順風満帆に暮らす、ヴァイオリニストのソロモン。

ある日突然、奴隷制度のはびこる南部へ誘拐され、別の名前を付けられ売られてしまう。
身ぐるみを剥がされ、自由の身分を証明する手立てもない。

奴隷となったソロモンは、身を守るためその教養を隠し、再び妻子と会うため静かにチャンスを伺い続ける。

しかし仕事を器用にこなすソロモンは、主人から気に入られたり、そのせいで嫉妬を受けるなど、度々トラブルに見舞われ命の危機に遭う。

過酷な待遇に奴隷たちは次々と命を落としていく。自殺を禁じるキリスト教が布教していながら死を望むものも。ソロモンの12年に及ぶサバイバルとは……。

事実に基づいているだけあって、勝手な演出を極力加えていない印象。かえってリアリティを持つ。

幸せな暮らしから一変、目覚めたら鎖に繋がれている、というのは誘拐サスペンス映画のよう。これが事実で、何件もあったというのだから驚愕だが、今もどこかで似たような状況は知らないだけできっとあるのだろうと思う。

奴隷を売る店の扱いがまず圧倒。男女とも丸裸にされ、叩き売りように値段交渉され、親子は引き離され慟哭が響き、それを音楽でかき消す。

また、女性は更に性暴行の対象にもなりどれだけ辛いか計り知れない。誰も彼も、尊厳は地に落とされる。

場合によっては白人も犯罪歴により奴隷身分に貶められた。カオス。

キリスト教が広く布教されてはいるが、その教えに正しく従う人と、自分勝手な解釈をする人とがいる。いつの時代も、神の意志を都合よくねじ曲げる者が事態を泥沼化する。
自分なら、こんな世の中で前者でいられる知恵と勇気があるか、考えさせられた。

自分一人を犠牲にしたとしてもとても対抗できる勢力ではないし、そもそも常識としてまかり通っている悪のおかしさに気付けるかも分からない。
もしかしたら自分かわいさに自己弁護して低きに流れるかもしれないと思うと、恐ろしい。

始めにソロモンを買う材木商(カンバーバッチ)も、バプティスト派の伝道者でもあり、穏やかな性格で、奴隷の扱いに良心は咎めつつも、他の人と同じように奴隷を購入している。
商売の借金返済に追われていることもあって、低きに流れ、奴隷に正統な扱いをしてやる余裕などないのだろう。
日々の生活に追われ、社会の風潮に物申している暇のない人は現代のほうが多い。

二番目の主人とその妻はもう最悪。女性が女性の顔に重いウイスキー瓶を投げつけるとは、家畜以下の扱い。動物なら無理を求めないが、奴隷とは言え人間なのは分かっているから、余計に感情がもつれる。

ソロモンが一人だけ出発する日、パッツィーが何も抗議せず、恐らく相手の無事を祈ったと思われるその心が清く美しいと思った。

ムチ打ちというのは、もっと細く軽いものでピシッと打つイメージだったが、彼らが奴隷にふるうのはそんなものでなく、何度も肉を深く切り裂き、命を落としかねない傷になる。
もちろんろくに治療もしてもらえないし、体のどこかに激しい傷跡を持つ奴隷も多い。

キリストが鞭打たれながら十字架を担いだというのもこういうものだったのかと気付いた。
擦り傷のような浅い傷がたくさん付けられたイメージを持っていたが、重荷も肩に食い込み、苦しみはそんなものではないのかっただろうことはきっと欧米ではすぐ想像できることなのだろう。

できれば、社会のおかしさに気付き行動を起こせる人でいたいが、せめて、常に世の流れに注意すること、そして歴史を学び続けることを大事にしたいと思った。

楽しくて面白おかしいエンタメ要素はない。ずっと辛い出来事が続く。しかし観るべき作品だと思う。

カンバーバッチやブラピなどがほんの少しだけ出演しているのが珍しい。
作品の意義に賛同したということだろうか。
ブラッド・ピットも、すぐさま正義を行うのではなく、一旦話を預かって、
自分の身に及ぶリスクと天秤にかけ悩むところがリアル。

葬儀で歌われる「ロール・ヨルダン・ロール」
(流れよヨルダン川)が耳に残る。

メモ
アメリカの奴隷制度……
18世紀末以降イギリスからの原綿の需要が高まったため、南部のプランテーションで拡大された。南部とはヴァージニア州以南。人口は奴隷を含めても北部より少なかった。奴隷はアフリカ西岸で捕らえられた者とその子孫で、南部奴隷の大半だった。1860年には南部人口の3分の1以上の約400万人を越えた。一方北部は商工業が発展し、共和党が保護貿易・中央集権主義をとなえ、自由な労働力を確保するため奴隷制拡大には反対した。(参:山川世界史)

Slave bible……奴隷所有者が奴隷向けに使っていた聖書。従順や服従を教えるため、自由に関する個所が除去されたたもの。
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