SANKOU

そして父になるのSANKOUのネタバレレビュー・内容・結末

そして父になる(2013年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

生みの親よりも育ての親とは良く言うが、実際に親からの遺伝が子供に与える影響はどれぐらいあるのだろうか。
血は争えないとも良く言うし、親と子供は離れていても似てくるものである。
しかし血が繋がっていない夫婦がお互いに似てくるケースもあるし、必ずしも遺伝だけがその人物の人格を形成するわけでもない。
育った環境を重視するのか、血を重視するのか、人によって考え方は全く違うとも思う。
そしてこの映画では全く違う環境で育った二人の六歳の子供が、実は出産時に取り違えられており、お互いの親が六年間共に過ごした時間を尊ぶのか、それとも血が繋がっていることを重視するのかという究極の選択を迫られる様を描いている。
今作品でも是枝裕和監督の投げ掛ける社会的なメッセージの際どさと鋭さに衝撃を受けた。
まずは経済的な要素が子供の幸せに直結するのかどうかということ。
慶多が育った野々宮家はまさに絵に描いたような上流階級の家庭だ。父親である良多の英才教育、そして母親であるみどりの穏やかな性格が反映しているのか、慶多は物静かで落ち着いた性格をしている。
一方琉晴が育った斎木家は地方で小さな電器店を営んでおり、裕福な家庭であるとは言い難い。
慶多とは違って琉晴には下に弟と妹がおり、家の中の雰囲気も雑多な印象を受ける。そのせいか琉晴の性格はやんちゃで落ち着きがない。しかし父親の雄大も母親のゆかりも子供と一緒に過ごす時間をとても大切にしている。
野々宮家と斎木家はどこまでも正反対な家族だ。だから取り違えられていたのだとしても、慶多も琉晴も完全にそれぞれの家に順応しているのだから、個人的には今さら子供を正しい親の元に戻すのはどうかと思った。
しかし病院側は子供の将来を考えれば、子供を入れ替えるべきだと主張する。自分たちに落ち度があるのに、何だか責任逃れをしようとしている病院側の態度には怒りを感じた。当事者である二組の家族はもっと怒ってもいいと感じた。
ここで主導権を握ろうとするのが良多だ。
週末だけお互いの子供を交換して少しずつ慣れさせていくことを提案するが、彼は心の中では慶多も琉晴もどちらも引き取ろうと考えている。
彼はあからさまに自分たちよりも収入が低く、無教養な印象を受ける斎木家を見下している。
確かに良多の方には勝ち組という言葉がふさわしい気もするが、正直観ている方はあまり良多に対して好印象は持たないだろう。
夫の意見に従ってばかりで、本当は反発する気持ちがあるのに言葉に出せないみどりも同じだ。
雄大も真っ先に慰謝料のことを話すような下世話なところがあるし、ゆかりの意見に同調してころころ態度を変えるところなど不愉快な印象は受けるものの、しかし物語が進むにつれて徐々に彼が子供たちにひたむきに接する姿に好感を持つようになる。
ゆかりもがさつで口は悪いが、子供たちに向ける愛情はとても深く、何より子供たちの心にきちんと寄り添っているのが分かるので、観ていて心が暖かくなる場面が多かった。
結局良多は社会的には成功しているかもしれないが、子供だけでなく人に対してきちんと向き合うことをして来なかった人間だ。
それは後に彼の父親の影響を強く受けていることが分かるのだが。
彼の父親は何と言っても血の繋がりが大切だと話す。
良多は斎木家夫妻に、これから益々琉晴は自分に似てくるだろうし、慶多は益々斎木家の方に馴染んでいくだろうと話すが、その言葉も実は父親の完全な受け売りだ。
それに対してゆかりは面と向かって、自分に似ているから愛せるなんて言うのは、子供と実感を持って向き合えない男の理屈だと言い捨てる。
始めは良多が優位に物事を進めていると思われていたが、子供たちに対してきちんと向き合ってきたのは斎木家の方だった。
結局慶多は斎木家に、琉晴は野々宮家に引き取られることになるのだが、慶多が新しい家にすぐに馴染んだのに対し、琉晴はいつまでも心を開こうとしないのが何よりもその事実を物語っていた。
家を抜け出して勝手に帰ってしまった琉晴を、良多が斎木家に迎えに行くのだが、慶多が父親の前に顔を出さないのがとても象徴的だった。
良多は子供に自分の考えを押し付けて、心に寄り添おうとしない。一見優しい風の言葉をかけるが、それも子供を思ってのことではない。
これは良多にとって大きな試練であった。
タイトルが『そして父になる』であるように、この映画の中で一番成長を強いられるのは良多だ。
斎木家からの帰り道、良多は無理に自分のことをお父さんと呼ばなくてもいいと琉晴に声をかける。
徐々に彼は子供と向き合う時間を増やしていく。良多とみどりと琉晴が本当の親子のように打ち解けていく姿は感動的だった。
今までは頭ごなしに叱りつけるだけだったが、それでも元の家に帰りたいと言う琉晴の気持ちをきちんと汲み取ったのは大きな成長だと思った。
良多とみどりは琉晴を連れて斎木家に戻る。琉晴はすぐに雄大とゆかりの元に駆けつける。
しかし慶多は二人の前に姿を現すどころか、そっぽを向いて逃げ出してしまう。
この時も良多は慶多の歩みに合わせて、無理に彼を捕まえようとはしない。
そして慶多に対して自分は悪い父親だったと正直に謝る。
もちろん慶多も良多を憎んでいるわけではないから、自然と彼を待ち受ける良多の元に収まる。
この父子の姿が感動的だった。漸く良多は本当に子を持つ父親になれたのだなと思った。
子供の幸福は裕福であるかどうかではなく、親の愛情がきちんと届いているかどうかである。
しかし感動的なラストではあったが、自分の憂さを晴らすために赤ん坊を入れ替えた看護師が登場するように、何か鬱屈したものを抱えた人間が自分だけでなく見ず知らずの他人までも巻き込もうとする風潮は多々あるなと感じた。
人はある日突然思わぬ悪意を向けられることがある。
その時に自分ならどう対処するだろう。
良多が子供を故意に入れ替えた看護師の家に謝罪のお金を突き返しに行った時に、母親をかばうように息子が立ちはだかるシーンがある。
社会的には非があるのは看護師の方なのだが、息子にとっては良多は母親を困らせる悪者なのだ。
息子の思いを汲んだ良多は彼の肩に手を置くと、そのまま引き返していく。
とても複雑な思いを抱かされるシーンだった。
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