イルーナ

悪い子バビー/アブノーマルのイルーナのレビュー・感想・評価

4.7
【極上のどん底をゆく】

VHS時代のカルト映画の一角の本作が、本邦劇場初公開。
『キス★キス★バン★バン』や『ガラスの脳』のように、「世間から一切隔絶されたまま大人になってしまった存在が、初めて外の世界を知る」物語が好きなので何となく気になっていたのですが、この一報を聞いて「これは観なきゃ」と思い観て来ました。
その内容はと言うと……

……とんでもない映画だ……世間知らずが大暴れする的な話だからもっとコミカルな感じだと思っていたけど、予想外にメッセージ性の強い作品で、心にズシンと来ている。
初っ端から異様なムードで、真っ暗で薄汚く、温もりというものがいっさい感じられない部屋の中で、異常な親子関係が描かれる。
母親から徹底的に支配されもはや我が子というより、慰み者扱いのバビー。
時間が止まったかのような日常の中、ある日牧師だという実の父親がやって来る。が、当然父親もドクズ。
ついに両親を殺害し外の世界に出るきっかけを得たバビーだが、異常な環境で育った彼には常識や善悪の概念もなければ、死の概念もない。
コミュニケーションすらまともに取れないのでオウム返し。そのために周りから尽く汚い言葉を投げかけられるのでそのまま覚えてしまい、ますます排除されていく。あと、愛情表現もセクハラしかできない(苦笑)
とりあえず猫が好きな方にとってはトラウマもののシーンがゴロゴロ出てくるので気を付けてください。

そんな彼を導くのは、音楽の存在。
本作で使われた手法は「バイノーラル・サウンド録音」と言うのですけど、ものすごくざっくり言えば「音の3D化」。
おかげで音楽の迫力といい重みといい美しさといい、ズシンとくる。まるで初めて音楽に触れたバビーの追体験をするがごとく。
前半が異様な閉塞感で描かれただけに、初めて流れた音楽が聖歌だというのがあまりにも象徴的で鳥肌もの。
そこで出会った聖歌隊の少女との行きずりのセックス。聖歌を口ずさみながらセックスというとんでもないシチュエーションながら、照明の使い方があまりにも美しいので神々しさすら感じてしまう。
彼を仲間に引き入れたロックバンドは本作の良心の一つでしたね。金欠状態かつバビーが殺人犯だと知っても売らなかったし。
教会でパイプオルガンを弾いていた男からは、発電所と思しき場所で神を根本から否定し、自分の責任を持って生きろと啓示を受ける。
……宗教サイドもパンクすぎる!
バビーはライブでは自分の生きざまを、全力で表現する。もはや歌詞として成立してない、でもそれ故に心揺さぶる。
この時の俳優の演技も迫真でこれまた鳥肌もの……!

そして最終的に結ばれるエンジェル(天使という名前がまた象徴的)と出会った場所が重度障碍者施設で、口すら聞けない患者の言葉を初めて理解できたのが、他でもないバビー。
患者の一人が自分に惚れて三角関係になりかけるも、その子を抱き上げ詫びながらずっと寄り添い続ける所なんか、これはもう彼しかできないことですよ……!
その結末は、あの前半からまったく想像できないきれいな終わり方で驚愕。
この異形の人生讃歌、勇気のある方はどうぞ。
イルーナ

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