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シュトロツェクの不思議な旅のotomisanのレビュー・感想・評価

4.3
 ドイツ人?シュトロツェク(Stroszek)という名前にはどこか異国風を感じる。そこで探してみると、現在のポーランド南部、シレジア地方の東の端、つまりポーランド⇔プロイセン⇔ボヘミア⇔ハプスブルグほかに何があるんだかな?帰属問題で歴史的な係争地だったシレジアの、とりわけWWⅠ後ドイツから唯一ポーランド領となりWWⅡでまたドイツが占領し、戦後さらにポーランドに移ったカトヴィツェ地域の一角にその地名が出て来た。
 WWⅡでドイツが進駐したころにはこのブルーノ・Sも生まれていたんだろうか?ポーランド風なブルーノがドイツ人と見做されたのはどんな運命のいたずらだろう。もしもポーランド人扱いされていれば占領初期に東方に移送されてしまっただろうが、1940年開所のアウシュビッツ収容所はこのStroszek町のほんの50km南、そこで果てた7万人の中に加わったかも知れない。
 ちなみに、1933年の地図に見られる当該地名は、ドイツ語表記によるもので、冠称にFw.おそらくFablikwerk(工場)を付けたStraszekだけである。"a"か"o"か一文字違いの更なる混同がブルーノの唯一無二的ブルーノらしい生き方の現場をドイツへと導いてしまうようだ。
 ブルーノはそののちナチス運営の「施設」で養育されて寝小便さえおちおちできないしごきを食らってドイツという逆境のなか大きくなってしまった。

 寝小便に限らない、間抜けなザマぁ見せやがったらどうなるか、知りたきゃやってみやがれ、という辺り、ナチス時代でもそれ以後でもドイツの与太者は相変わらず分かりやすい。ブルーノが飲んだくれの失態による二年半の「別荘」暮らしを満了、元のトルコ人街に戻れば、街の与太者たちは久々なイカレポンチの音楽馬鹿ブルーノに容赦なくて、しかもヤバいかな、この与太者のナニであるエーファにブルーノは懸想している?
 鬼の与太者が幅を利かす煉獄のようなこの娑婆に比べれば、5分前までいた、似た者同士の寄り合い所帯な感じで三度のメシ付き国営宿舎、刑務所が天国のようだ。

 しかしである。別荘から戻って本宅はというと、二年半、誰が家賃を払ってくれてたのか?ベルリン行政府は、ここ西側の橋頭堡では絶対ホームレスを生み出さない住居政策でも取ってるのか?
 しかも、呆れるようなヘボ辻楽士のブルーノがピアノとオルガンに囲まれて一瞬べートーベンに見えそうだ。なのにそれらを捨てて、かの与太者連が仕組む美人局に嫌気がさしたエーファと一緒にアメリカに逃げてしまうんだそうで、ベートーベン宅の「黒い友人」ピアノはどんなに悲しかろう。ちなみに、渡米の船賃はエーファの夜鷹稼業持ちとあって、なんだか開いた口が塞がらない。
 このエーファが与太者連には稼ぎの道具ならブルーノはいたぶり用のおもちゃだろう。なら、ブルーノとエーファは互いに何だろう?エーファをいたわるブルーノだが彼女の夜鷹稼業に頼るヒモでもあり、転じて彼はローンも払えないウィスコンシンの労働者でもあり、遂にはエヴァとなったエーファの再びの夜鷹稼業に今度は黙っていられない亭主気取り?恋人気取り?まさか美神の追従者だろうか。気が付けばよくある男女の間柄、捨てられるブルーノはただの寝取られ男に過ぎないではないか。

 このようにしてナチス政府以来、戦後ドイツのさらに特殊なベルリンという逆境に順応を強いられ、ただし、そのおかげでこの世で唯独りなすっとこどっこい、現代社会の特異点のようになったブルーノが、どこか不幸中のささやかな幸いのようにも映ったわけである。
 ところが何の血迷いか?「誰でも金持ちになれる」多分ブルーノでもなれる、そんな驚くべき魔法世界(!)アメリカの普通の労働者になり、即物的ヤバい与太者の代わりに巧妙婉曲な不幸の魔手、ローンの返済に苛まれるようになるというので、それがどこか哀しく虚しくも滑稽でもあった。
 ところが、弱い者同士くっつき合ってた悲劇的ベルリンから一転、鉄砲さえ持ってりゃ鬼に金棒なヤバいウィスコンシンで三日天下を取る新ブルーノに過激変身して、強盗したおかねで今度は踊って奏でてのニワトリキャバレーで散財しまくるに至ってはもう目も当てられない。
 あそこがまた先住民居留地というやつで、北辺のウィスコンシンといい、当時はまだ東独の壁の中、ベルリンのさらに隅っこのトルコ人街といい、生まれまでポーランドすれすれの地、よくよく社会の外ればかりを巡るこった。

 無一物どころか鉄砲、トラック、缶ビール、ついでに七面鳥も盗み取ったものばかりとなったブルーノが2時間前までベルリンの壁のなかで「黒い友人」にも恵まれ、如何にいい住み家を持っていた事か。今や死んでもリフトに陣取って上を下へと落ち着き場所知らずとなり果て、西洋人が占拠し残した余計な土地、先住民居留地で宙に浮いている。
 そんな傍ら、ニワトリとウサギは労働の対価を期待してかショーをやめる気配もないが、彼女らには間違ってもローンの勧誘はやってこないし、彼女らを踊らせ奏でさせたお客のブルーノが死んだとも知る由もない。ブルーノもニワトリのようにあのベルリンで楽士のまま居られたらと思う。
 エーファにかけた情けが仇なのか、シャイツ爺さん(Scheitz⇔Scheiße=Scheisz(旧書法)=Scheisse(新書法)、貴族をほのめかすHerzogである監督がこの類似に無頓着なのは育ちが良すぎたせいか?)にほだされた熱気が仇なのか、ケースに囲われたニワトリたちのショーが続くうちは彼女等も安泰には違いないが、順応の限度に直面して出口を「楽土アメリカ」に見出したつもりだったブルーノのように彼女等もヒトの手をかいくぐり広い世界に飛び出して外の世界の生き辛さを知る時がくるだろうか?
 ブルーノのあわれが重ね映しになるのがあのニワトリたちであり、彼女等と犯罪者ブルーノのその取るに足らなさ加減、警察が所在不明な電源と炎上トラックの始末に駆け回る横で、それらの片付けにも及ばないブルーノの最期の迷走の始末がきっと飲んだくれのバカ扱いで終わるだろう事を悼むような気持ち、それでも俺は見届けたぞ、という気分にさせる。
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