ひたる

真昼の暗黒のひたるのネタバレレビュー・内容・結末

真昼の暗黒(1956年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

日本最大の冤罪事件「八海事件」を扱った作品。人物名は実際とは異なるらしい。Blu-ray表紙のキャッチコピー「お母さん、まだ最高裁があるんだ!!」から始まる物語かと思ったら、まさかの最後のセリフで盛大なネタバレだった。

出まかせ天パ野郎、絶対に許さない。警察が悪いのはまず間違いないが、ムシャクシャして蹴り飛ばした荷車の責任として良くしてくれた仲間をセリヌンティウスの如く身代わりに置いときながら街の外へ逃走、挙句に別で行った殺人の濡れ衣を着せるのは人でなしがすぎる。しかも死刑。人の心とかないんか?

濡れ衣兄貴の弁護人が面白おかしく警察側の矛盾を突いていて分かりやすかった。警察の主張を再現する早回しが秀逸。1人の犯行を5人の犯行と見なし、犯行時刻をずらし、所要時間もかなり短縮しているのだから当然おかしな言動が随所に見られる。被害者のじいさんばあさんをそれぞれが交互に殴って首を絞めるなどは、迅速さが命の殺人現場において明らかに無駄行動すぎてシュールだった。撤退時も4人が脱出した後、最後の1人が証拠隠滅を行うが、それでは犯行予定時間をオーバーしてしまうため、突如超人的な力に目覚めてワープし逃げ果せた、というとんでも展開っぷりで笑えた。

冤罪が認められず有罪判決が下された後、待機所で風呂敷に包まれた大きな弁当箱を机に置いて虚空を見つめる母親たちの描写が何とも切ない。人事を尽くした弁護士が入室したときに、虚ろな眼が一斉に彼に注がれるのも見ていていたたまれなかった。殺人よりも遥かに軽い窃盗でさえ、前科があると「犯罪者」という大きな括りでまとめられ、レッテルが貼られてしまうのが辛い。そこを警察に利用されてしまった。一度道を外れた人間のその先は2種類に分かれると思う。犯罪を繰り返してしまう者と、深く反省をして誰からも尊敬される人物となる者だ。死刑判決を受けた彼は間違いなく後者にあたる。一瞬の魔が一生を決めてしまうのは恐ろしい話だ。代償がでかすぎる。

モデルとなった八海事件は公開当時依然として裁判が続いていたらしく、公開にあたって最高裁判所から圧力をかけられたという経緯もあるらしい。たしかに公平性の観点から言えば、今作の公開は被告人に寄りすぎているため不適切であると思うが、警察側が拷問や不正を行っているならば話は別だ。公平性を説いてる場合ではない。当時の判決の出ていない状況においては、映画を丸ごと信じて冤罪を鵜呑みにするのではなく、証拠や主張を見直すきっかけになることが、今作の正しい受け取り方だったのかなと考えた。

何より驚いたのは「京都五番町事件」の存在だ。4人の少年が逮捕された傷害致死事件なのだが、実際は彼らは無実で、逃げ切っていた真犯人が今作を観て自責の念に駆られ、犯行時に用いた凶器を持って自首してきたらしい。影響力がすごい。
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