回想シーンでご飯3杯いける

ラヂオの時間の回想シーンでご飯3杯いけるのレビュー・感想・評価

ラヂオの時間(1997年製作の映画)
4.0
表現の自由と商業としての側面の間で悩んでしまって、結局どちらかひとつのみを選択したり、仕事毎にコンセプトをわけて「今回は営業で」みたいに割り切っちゃう人もいたりするんだけど、そもそも、この2つは絶対に相容れないものなのだろうか?

TVドラマの世界でもおなじみの三谷幸喜監督による、ラジオ・ドラマをテーマにした映画。主婦が投稿した脚本に、主役を演じる女性演歌歌手からイチャモンが付き、「じゃあ、ココもアソコも」と言う風に、あちこちに手直しが。ドラマは生放送で、放送開始後もスポンサーや出演者の利害関係であちこちに変更が入り、もはや結末さえ見えない状態に。

ドラマの出演者、スタッフの価値観は、皆バラバラ。それでも彼らは放送を続けるし、ドラマが無事エンディングを迎えるよう必死になる。彼らをそうさせる見えない力とはなんだろう? そして何より素晴らしいのは、むちゃくちゃで醜い放送業界の構図を描いたこの映画自体が、徹底的に面白く、そして感動的な作品に仕上がっていると言う事実だろう。映画を完成させる為にも様々な葛藤があるという事を踏まえれば、その感動は更に増す。

“表現”って、本当に難しい。だからこそ面白い。