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この天の虹のtakのレビュー・感想・評価

この天の虹(1958年製作の映画)
3.5
2010年のとある日。工場萌えなお仲間たちとツアーに参加して、北九州市の新若戸道路(海底トンネル)建設現場と新日本製鐵(現日本製鉄株式会社)の工場内を見学させてもらった。製鉄工場の広大な敷地、無数に走る巨大なパイプ、船着き場、歴史ある建造物、高炉の熱気。すべてに圧倒された。産業がまちをつくっているのだ、ということを改めて感じた。ツアーに一緒に参加した年配の方が
「七色の煙が出ていたのってこの辺りよね。」
とおっしゃっていた。七色の煙は写真では見たことがあるが、それはむしろ公害のネガティブなイメージとして僕には焼き付いていた。でもそのおばちゃんの「七色の煙」という響きには暗さがない。むしろ誇らしい響きがあった。

「この天の虹」は八幡製鉄所で働く人々の人間模様を描いた木下恵介監督の意欲作。今も昔も、同じ職場で働いていても様々な人がいる。同じ企業と言っても、当時製鉄所で働いていたのは数万人に及んでいたと聞く。企業が「まち」をつくっている、と書いたが、この映画をみて、企業が「まち」そのものだったのだと思い知らされた。映画はその時代を記録する。その時代の風景を懐かしむだけでなく、学ぶこともたくさんある。

映画は冒頭からしばらくの間八幡製鉄所の説明が続く。プロモーション映画だと言っていいだろう。実際に見学してきた後だけに、現在をさらに上回るスケールだったこと、今は立ち入りできない本社事務所(現在は世界遺産に指定)が出てくるのにちょっと感激。

高橋貞二演ずる主人公が、同じ会社で働く久我美子に恋している。物語はこの二人を軸にして、後輩川津祐介(デビュー作!)や久我美子が思いを寄せる田村高廣、川津祐介が下宿している家族など製鉄所を介してつながり合う人々を描き出す。高炉台公園で男二人が将来への不安や希望を語る場面が印象的だ。
「僕の将来は工場の空にかかるこの天の虹だと思ったんです」
という台詞。当時繁栄のイメージだった「七色の煙」と呼ばれた工場の排煙と虹をダブらせている。しかし企業がどんなに栄えて社員を支えるために手厚い福利厚生をやっていても、人の幸せはそれぞれのもの。だから人と人のコミュニケーションは難しいし、逆に理解し合うことに幸せがある。映画の軸は人情物語だ。

今の視点で見ると、やはり煙突からの排煙が気になる。川津祐介が久我美子に「なんであの人と結婚しないのか」と詰め寄る場面のバックにも、色濃い煙が漂う。ここまですごかったんだろうか、演出なんではないだろうか、とも思ったが、当時を知る人に尋ねると似たようなものだったようだ。山から街を見下ろす場面でも、視線の先は煙って見えはしない。

そして工場が高度成長を支えているというナレーションが流れ、「働く人々の健康と幸福を祈ります」という言葉で映画は幕を閉じる。銀幕のこちら側には日々地道に働く人々がいる。映画はそうした僕らの娯楽であり、様々な人生を学ぶものでもある。そんな人々をねぎらってくれる映画ってなんか嬉しいじゃない。この視点の優しさが木下恵介監督らしさなのだろう。いいものみせてもらいました。
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