イスケ

過去のない男のイスケのネタバレレビュー・内容・結末

過去のない男(2002年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます

年季の入ったカティ・オウティネンは鏡も見ずに不器用にマスカラを塗る。
そして、口から飛び出す「初恋の人」というパワーワード。

カウリスマキを順に追っかけてきた人間としては、これにキュンとしてしまうんだよな。
さらには、バーに飾られているマッティ・ペロンパーの写真というね……(涙)

本当に最高のふたりだよ。ありがとう。
胸がいっぱいです。


やっぱり自らの足で立とうとする三部作だ!
労働者三部作の主人公たちのように「もっと幸せな何かがある」と、あてもなく船に乗るのではない。

昔ながらのカウリスマキの優しさに加えて、しっかり自分の足で立つ強さがあるのが敗者三部作だと思う。

「恵まれてるの
 住むところも夫に職もあって」

しょっぱな助けてくれた家族の奥さんの前向きさに早々に心を打たれる。
旦那は旦那で配給のことを「ディナー」と呼んでいたり、貧しくても人を助ける優しさを持つ幸せな空間がそこに広がっているんだよね。

普段はお堅いのに歌うと生き生きする特殊メイクみたいなおばちゃんやゴミ箱に住む男も、貧しさの中で何とか生かされてるというよりは、しっかり生きてる感じがするのさ。


そこにさらなる新風を吹き込んだ過去のない男。

出会う人や環境によって作られる人間性というものを考えると、ゼロの状態になった彼は離婚前と記憶を失った後でまるで別人のように生まれ変わったのでは?とも思う。
元妻の彼氏が殴り合いになることを予測して構えてたのは、元妻から聞いていた過去のあった頃の男の人間性を元にしているのだろうしね。

名前も社会保障番号も持たないという設定自体、フィンランドの管理社会の枠外の存在として、貧困のレールに乗らずに「自らの足で立つ」ことの表れだったのではないかな。

じゃがいもを育てていたり、ジュークボックスを拾ってきて最終的にイベント開催にまで繋げて見せたりと、ゼロになったところから今目の前にあるものや目の前にいる人とだけで送る生活に、憐れみではなくて「幸せそう」と本気で感じさせてしまう魔法。尊すぎる。

最後に住民たちがゴロツキどもに逆襲を仕掛けたのは、初期のカウリスマキ作品のように「貧しさのレールに乗るしかない」という無気力さとは異なり、しっかりと自分たちの足で立ち、生きた眼差しで人生を見つめる住民たちの姿の集大成にも見えた。

貧困の中に咲く小さな花を見つけていくような作品。
六本木のマンションの高層階で優雅に暮らすよりも、人間としての幸せを感じるのはこっちなんだよなぁ。
(でも実際にどちらか選べと言われたら迷わずに六本木を選ぶ資本主義の犬っころです。しかもハンニバルのように可愛くもない。)

そして、カウリスマキの世界観に横山剣の歌がハマることハマること。
イスケ

イスケ