シゲーニョ

初恋のきた道のシゲーニョのレビュー・感想・評価

初恋のきた道(1999年製作の映画)
4.2
映画の中で、主人公たちが作る料理を観て、「美味しそう!」とか、「食べてみたい!」「気になる!」など感じた方は、かなり多くいらっしゃるのではないかと思う。

[注:「料理長殿、ご用心(78年)」「シェフとギャルソン、リストランテの夜(96年)」とか、「幸せのレシピ(07年)」「シェフ 三ツ星フードトラック始めました(14年)」といった、プロの料理人の場合は、今回除外します…笑]

自分の場合は、「グッドフェローズ(90年)」で刑務所内のキッチンで作られるミートボールのトマトソース煮とか、「グラン・ブルー(88年)」でのエンゾのママン特製のシーフード・スパゲティー、アニメだけど「天空の城ラピュタ(86年)」のパズーが作った目玉焼きのせトーストなどが、すぐにフッと頭に思い浮かぶのだが、それとは別にとても気になっているのが、本作「初恋のきた道(99年)」に登場する“きのこ餃子”。

その理由だが、ヒトによっては、取るに足らない、つまらないものに思えるかもしれない。
主人公の一人、チャン・ツィイー演じるディが恋心を寄せる相手に作る料理が、そのきのこ餃子なのだが、劇中では美しく皿に飾り盛られた画や、それを美味しそうに食するシーンは一切無い。

僅かに映し出されるのは、餃子を蒸していた釜の蓋が開かれ、一瞬、わっと立ちのぼる熱い湯気。
それはディの初めてとなる恋のときめき、その恋情の激しさを、あたかも顕しているかのように見えてしまう。

だが、大好きなヒトのために丹精込めて作った料理なのに、とあるアクシデントによって、相手は食べる機会を与えられず、町へと旅立つことになってしまう。それを知らされたディは餃子を“青花の柄の碗”に入れて、村から去っていく憧れの人が乗る馬車を追いかける。

「あの人は、きのこ餃子が大好物だと言っていた…だから、どうしても食べてもらいたい」

村と町を結ぶ一本の「道」。
ひたすら走るディ。
ショートカットして追いつこうと、轍などあるはずない野を越え、谷を越え、ディは息を荒げて追いかける。しかし、その思いとは裏腹にドンドン小さくなる馬車の影。そして、大事な餃子が入った青花の碗を道に落として割ってしまう…。

山道に転がる、土にまみれた餃子。
それはディの伝えられなかった「恋心」、言葉に出来ない本当の想いだ。

自分のハナシでお恥ずかしい限りだが、今も昔も、自分には「あの時、こう言えばよかった」「あの時、なんで何も言えなかったんだろう」と後悔したことが結構ある。こんな自分が柔弱に思えるような自責の念・心残りが、スクリーンに映る餃子を観て、思い出されてしまったのである…。

本作「初恋のきた道」は、中国の辺境の小さな極寒の村「三合屯」に、突然の事故で亡くなった父の訃報を聞いて、都会に住む一人息子の青年ションズ(スン・ホンレイ)が帰って来るところから始まる。

父親は長きに渡って、この村の小学校を一人で支えた教師だったが、校舎の建て替えのための金策で町へ出かけた際に、心臓の発作で急死してしまったのである。
父の遺体を村までトラクターで運ぶという村長たちの意見を聞かず、母ディは、昔からの伝統通りに葬列を組み、棺を担いで村まで戻ると言い張る。母がそれほどまでにこだわる理由、その背景には、40年以上前の父と母の出会い、強い初恋の記憶があった。
そんな母の様子を眺めながら、ションズは、村人たちの間で語り草となっている、若かりし日の父と母の恋愛を追想する…。

本作は、生涯をかけた母ディの初恋の成就、その回想をメインにした恋物語だが、「愛している」「好きだ」という台詞が一切ない。言葉にしなくても伝わる思い、その大切さを強調しているように感じてしまうのだ。

父チャンユー(チョン・ハオ)は20歳の頃、ディ(チャン・ツィイー)の暮らす村で初めて建てられる小学校の新任教師として、町からやって来る。
そんな馬車に乗ったチャンユーの姿を遠目から眺めるディ。

最初は友だちと一緒に無邪気に眺めていたのだが、次第に真剣な眼差しへと変わり、目が少しでも合うと恥じらい、一瞬目を逸らすが、また改めてチャンユーの姿をキョロキョロと目を動かし、探し始める…。
チャンユーを一目見て惹かれていく様子、その心のときめきが、一切の台詞無く、チャン・ツィイーの表情だけで表現されている。

そしてチャンユーが下校時、生徒たちを家に送っていくという噂を聞きつけたディは、毎日、毎日、丘の叢で待ち続ける。

黄金色の麦穂に囲まれながら待ち伏せするディ。
それが何日も続くのを、日ごとに色々なアングルで撮ってみせるカメラワークが実に上手い。
じーっとしていたり、「まだかな?まだかな?」とワクワクしていたり、文字通り「首を長くして」待っていたり、子供たちの声が遠くのほうから聞こえてくると笑顔が弾けそうになったり…。
チャンユーを待ち焦がれるディの気持ちが、観ていて、手に取るばかりに伝わってくる。

そして、ようやく、互いに目と目が合う日が訪れる。
満面の笑顔となるディ…言葉を交わせなくてもいいのだ。
まず自分に気付いてくれたことが嬉しくてたまらない。
生徒から「先生が、僕にアンタの名前を尋ねてきたよ!」と声をかけられるや、嬉しそうにはねるように背中を揺らして、小走りにその場を去っていく。

このシーンでのディの走り方というか、チャン・ツィイーの走り方がちょっと変わっていて、着ぐるみのように分厚い冬服のせいなのか、身体をしなやかに動かせず、ボテボテした、肩を左右に振る、おかしなフォームになっている。
でも、走るたびに揺れる三つ編みと併せ、幼子のように無邪気に見えて、愛おしく、たまらなくキュートなのだ(!!)

ここからは勝手な意見だが…
このチャン・ツィイーの尋常でない“可憐さ”は、監督チャン・イーモウの演出がかなり入っていると推察する。
18歳の少女を演じたチャン・ツィイーは撮影当時、20歳前後だったが、16歳で全国ダンスコンテストに優勝するなど、素顔のチャン・ツィイーは、あれほど幼くはないはず。
伝え聞くハナシによれば、チャン・イーモウはチャン・ツィイーに「走る・見る・聞く・待つ」の4つの演技だけを、強く指導したらしい。

まぁ、それはともかく(笑)
ディの熱病のような想いを、チャン・ツィイーは目の表情と息遣い、走り方を以って、上手く表現していると思う。

いつまでもあの人を見ていたい。
自分を見てほしい。
声をかけてほしい。
もっと近くにいたい。

自分の気持をはっきりとした言葉では伝えず、行動で見せようとするのが、微笑ましくもあり、切なくもあり、それでいて、とてもリアルに感じてしまった。


また、他人からみたら、他愛もない言葉だったり、モノだったり、行動だったりするものが、自分だけに、あるいは特別な関係を持つヒトとの間では“とても大切なこと、忘れられないモノ”ってあると思う。

本作「初恋のきた道」におけるその一つが、冒頭に述べた“青花の柄の碗”だ。

村では校舎を建設中、現場で働く男たちに、各家が昼食を用意・運ぶのがしきたり。
(牧畜を営んできた農村のため、大工なんか居ないので、村の若い男総出で作業をする。もちろん、新任教師のチャンユーも…)

チャンユーに食べてもらいたい一心で、食事を作るディ。
朝の輝かしい陽光が勝手入り口に差しこむ中、釜土の火を起こし、水を汲むディのシルエットが浮かび上がる。外気がまだ冷たい中、包丁で食材を刻み、小麦をこねて円形の餅を作る。やがて、包子が蒸され、台所には湯気が立ち込めていく。

1日目はネギのお焼き、
2日目はニラ玉炒めとアワの蒸しご飯…。
その料理が入った器が、青花の柄の碗なのだ。

ただし、用意した料理を誰が食べるのか、それは判らない。
どうしたら、チャンユーに食べてもらうことができるのか。
ディは「先生はせっかちなんで、校舎に近いテーブル手前の碗をとる」と伝え聞き、翌日からその通りにする。
毎日、毎日、遠目からちゃんとチャンユーが、青花の碗を取ったのか確かめるディ。

この一つ一つの行為、そしてお碗に、ディの心が込められているのが十分伝わってきて、観ていて胸が熱くなってしまう。

しかし劇中、この青花の碗は、馬車に乗ったチャンユーの後を追った際、転んだ拍子に割れてしまう。
その後、ディの母親(リー・ビン)は、娘にだまって瀬戸物の修理屋を呼び、修繕を依頼。
修理屋のオヤジは「これじゃ直すより買ったほうが安いよ」と言うのだが、母親は「使った人が娘の心を持っていってしまった…。せめて椀だけでも残してやりたい」と答える。

初めは身分の違いから、恋を諦めるようディに説得していた母だったが、娘の気持ちを大事にしてやりたいと思う親の心情を窺わせる名シーンだと思う。

次に忘れられないモノが、ディの“赤い上衣”。

村にやって来たチャンユーを初めて遠目で見た時のディの佇まいは、継ぎのあたった赤い綿入れの合わせ。
だがディは、チャンユーに気付かれたいために、新調のピンクの上衣を羽織る。
チャンユーの宿泊先となる役場、建設中の学校の近くを通る時はもちろん、待ち伏せの時も、ほぼ毎日、着続ける。

そんなある日、チャンユーはディに髪飾りをプレゼントする。
渡した際、チャンユーがディにそっと囁いた言葉。
「赤い服に似合うはずだ…。初めて見た時に着てたよね?赤がとっても似合うよ」。
そう、チャンユーもディのことを、最初から気にかけていて、実は彼も一目惚れしていたのだ。

余談ながら、初鑑賞時、あくまでも個人的にだが、若い頃の父・チャンユーの顔が、ディが一目惚れするほど、そんなにイケてる風には思えなかった。
髪型は、昔で言えばY.M.Oのテクノカット、今だったらオードリーの春日のようなツーブロック。
顔立ちもアンディ・ラウやトニー・レオンのような大陸系美男子ではなく、日本の芸能人に例えるのなら、段田安則似のちょっと地味〜系。
まぁ、道のむこうからやってきた若者から香り立つ「町の匂い」、あるいは飾り気がなく、澄み切った心を持ったかのように感じられる、誠実そうな笑顔にヤラレてしまったのだろう。

閑話休題…

そして三つ目が“チャンユーの声”。

劇中の序盤、赴任してきたチャンユーに惹かれたディは、初恋ゆえに、なかなか距離を縮めることができない。
校舎から聞こえてくる、教科書を読むチャンユーの声を聞くだけで、うっとりとし、それだけで満足したように見える。

これは後日、中国語通訳の仕事をされている方に聞いたハナシなのだが、チャンユーの朗読する声は本当に美しい発音らしく、村人たちの言葉とは全く違うとのこと。つまり、ディは言葉の美しさに惹かれてしまったワケだ。

終盤、村に戻る約束の期日が過ぎても、姿を見せないチャンユーを待ち焦がれるあまり、病に伏したディの耳に、ある日、校舎からあの懐かしい、やさしい声が聞こえてくる…。

「春が来た。
 春風が雪を溶かして、緑の草をふく。
 農民は種を撒き、牛は田を耕す。
 雁が飛んできて、蛙が冬眠から醒め、燕がさえずる。
 春は種を撒く季節。
 万物はみな成長し、生気に満ち溢れている。」

幻聴ではない。
恋の病に陥り、気がふれてしまった訳でもない。
ちゃんと聞こえてくる、自ら作った詩を朗読するチャンユーの美しい声・言葉に、布団をはねのけ、校舎へと走り出すディ…。

恋をしたこと、自分がときめいた素晴らしい思い出。
それが後々の人生において、どれほどの支えになるのか。

大袈裟に思われるかもしれないが…
その時、自分が、人を思いやって行動したこと。
その思いが他者に伝わる難しさ、大切さを教えてくれた作品、それが本作「初恋のきた道」なのである。


さて、本作の原題は「我的父親母親」、私の両親という意味だ。

人生で最も美しく輝かしい青春期と、人生で最も奥深く、生きることの価値を知っていく老年期。
その両方を描くこの映画は、そのストーリーテリングを、父の急死で帰郷した息子が語るという、重層的な構造をもっている。

そして本作は、現代はモノクロ、両親の過去はカラーで各々描写・表現されている。

劇中の現代は、チャンユーが亡くなった深い悲しみに包まれた、色彩の失われた“会者定離の世界”であると共に、中国の片田舎の山村まで市場経済の波が押し寄せてきた社会形態を、寒々としたモノクロームで描いている。

帰郷した息子ションズが乗ってきたのがクライスラー社製のチェロキー。昔ながらの家に住む母ディの部屋には、映画「タイタニック(97年)」やサッカーの欧州チャンピオンズリーグのポスターが貼ってあるのに対して、かつて村の根幹産業の一つだった機織り機は壊れたままで誰も直そうとしないし、若き日の母が何度も水を汲みに行った井戸は干上がってしまっている…。

片や若き両親が出会い、資本主義文化に批判的だった文化大革命直前の時代は、カラーで芳醇に描かれている。

若き父が紅葉の中を生徒たちと歩く姿や、その父を目で追いながら白樺林の中を走る若き母といった回想シーンは、まるで昭和を代表する日本画家、東山魁夷が描いた「道(50年)」「秋の山(41年)」のようで、四季折々の美しくも厳しい自然の移ろいのなかに、唯々生きる希望だけがそこにある、溢れんばかりの生命感が感じられるのだ。

この現在(=1999年)の暗いモノクロ映像から、1950年代末の、まるで生き返ったような美しいカラー映像への変化は、チャン・イーモウの思う、「過去へのノスタルジー」の顕れであろう。

劇場初公開の頃はミレニアムが近づき、世界が貧困、南北格差といったものに目を向け始めていた時期であり、そうした世界情勢の中で、無垢な少女=弱者が、チャン・イーモウの中でも大きなテーマとなっていたのだろう。
本作の貧困で無教養なディは、当時の中国社会における弱者の代名詞、観客に愛される天使だったのである。


しかし、あくまでも自分の好みだが
邦題の「初恋のきた道」、英題「The Road Home」=家路の方がしっくりくる。

町から村の小学校に赴任する父を乗せた馬車が、土煙を上げてやって来た「道」。

何気なく見れば、村と町を繋ぐありふれた田舎道かもしれないが、両親二人にとっては、初めて出会い、思いが通じ合った大切な道だ。

そして
母が町に戻る父を追いかけた道
母が父の帰りを待ち続けた道
父の死を知って息子が帰郷した道
父の棺が村に帰る道

その道こそが、人生というものの美しさと哀しさを余すところなく物語っているかのように思えてしまうのだ。


最後に…

本作「初恋のきた道」の監督チャン・イーモウだが、大半の映画ファンには「人々に清らかな感動を与える中国映画の巨匠」、或いは「HERO(02年)」や「LOVERS(04年)」あたりからご覧になっている方には「極彩色で彩られた武侠映画の名匠」というイメージを持っているのではないかと思う。

ただし、自分にとってのチャン・イーモウは、「もしかして、この娘ならオレを好きになってくれるかも…」と観ているコッチにうっかり錯覚させるような、絶妙にダサ可愛い清純派女優ばかり発掘して主役に抜擢し、観客の若きヤロウどもから映画代をくすねる、女衒のようなオッサンに思えてならないのである(笑)。

先ず、第1の刺客(笑)が「紅いコーリャン(91年)」でデビューしたコン・リー。
得意技は酒づくりながら、芯の強い、生への熱いバイタリティーを内に秘めた若嫁を演じて、観ていてちょっとキュンとさせられたし、アラサーになっても「活きる(93年)」では、キレイでツヨいおかあさん役を演じ、自分はまたもや場銭を巻き上げられてしまった。

続く第2の刺客が、おさげ髪のストーカー、本作「初恋のきた道」のチャン・ツィイー。

以降も、チャン・イーモウは、「至福のとき(00年)」で盲目の少女(←アザトすぎ!!)を演じたドン・ジェ、「サンザシの樹の下(10年)」で可憐なヒロインを好演したチョウ・ドンユィなど、第3、第4の刺客を送り込んでくるワケだが、ひと昔前だったら、わが国の「モー娘」を育てたつんく、今だったらTWICEやNiziUを世に送り出したヒットメーカー、J.Y.Parkのような、「ガールズ・ネクスト・ドア」的なルックスの女の子をシンデレラへと生まれ変わらせる、「匠」の技の持ち主だったと、当時は大いに感心させられた次第である。

ただし、女心にはやや疎い感じで、不倫相手だったコン・リーをあきたのか、「上海ルージュ(95年)」完成後にポイ捨てするや、すぐにチャン・ツィイーに乗り換えたことで、コン・リーとチャン・ツィイーの間に、バチバチと嫉妬の炎が燃え上がる壮絶バトルが勃発することになる(!!)

遺恨のある二人が共演したのが、スピルバーグ製作の「SAYURI(05年)」。
コン・リーとチャン・ツィイーの劇中内でのキャットファイトが、実は「ガチ」だったという噂を聞いたことがある。

コン・リーがこの映画に出演を決めたのは、チャン・ツィイーを合法的にシバけるからという理由らしい…。
劇中の絶叫&台詞は失念してしまったが(笑)、コン・リーのあのビンタ一発一発に、こんな想いが込められていたのかもしれない。

「この女狐が!! 
 あたいのダンナを盗みやがって!なめたらいかんゼヨ!!」