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ヤンヤン 夏の想い出のISHIPのネタバレレビュー・内容・結末

ヤンヤン 夏の想い出(2000年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

まず。早稲田松竹さん。ヤンヤンを映画館で観させてくれてありがとうございます!!!予約出来ないから、いつぶりだろう上映時間の2時間前に映画館行ってチケット買ったのは。そこ含めて最高の体験だった。
そんなめちゃくちゃに楽しみに観にいったクセに、序盤を正直長いなと感じていた自分もいて(3時間全瞬間を見逃したくないと思うあまり、自分の膀胱が気になりすぎていたという言い訳…)。でも、クーリンチェについても言えるけど、この3時間を通じてしか味わえない感覚が生まれるんだよな。観終わって思うのは、どのシーンもあってくれてありがとうって気持ちになっているし。もう、とにかく画がバカみたいに良い。これは僕が日本人だからかもしれないけど、NJが日本に出張に来るところで、新幹線から観るあの時の東京の姿とか。良すぎなかった?その後も日本でのNJと彼女のシーンは良い画しかなくて。痺れまくった。でも画だけじゃなくて、脚本もめちゃ凄いというか…。
大きく分けて、ヤンヤンの視点・ティンティンの視点・NJを始め大人の視点ってのがあると思うんだけども。それが最初のおばあちゃんが倒れて、おばあちゃんへの対応・考えで既に示されている。目を覚まさない人に話しかけるということの意味とか。目を覚まさない(朝を迎えたくないと思うこととか)とか。
恋愛事情については、ティンティンの年代の思春期性。またNJや大人達の様子。大人になっても恋を求めてしまう。それが良くないことと知っていても。というかそこに逃げたくなる感じというか。また結婚に至るまでの女性関係とかもあるし(病んじゃうカーチャン。自分の存在の空虚さを感じる。虚しさを感じる女性たち。それ故に昔の恋を求めたり。結婚相手を取られたり。できちゃった婚した方も元カノを意識せざるを得なかったり、など)。そんななかに見える大人の愚かさ。特に男の。その愚かさは仕事やお金に対しての姿勢にも反映されてて。それこそがあの頃の台湾や日本を物語っていて。だから…公開当時と今観るこの映画の感じ方ってもしかしたら大きく異なるのかなあとも。また、ヤンヤンの性の芽生えのシーンもすごいよくて。雷ともに芽生えて、その後プールに行っちゃう感じ。でもそれを経て最後のおばあちゃんへの語りかけができるヤンヤンに変わっていくのがまた。すげえ。この手紙を、エドワードヤンに繋げて考えるな、というのは無理な話よね…。それ、映画じゃん!!っていう。
映画に対してのことって言うと、ヤンヤンが人の背中ばかり撮っていくということもそう。「前からでは半分だよね?」みたいなセリフの本質感すごいよな。人の多面性を表しているし、この映画の人間たちのことも表しているし、エドワードヤンが映画とはどういうものと捉えているか、のひとつだよな。それを全てヤンヤンが言うという。
あと、やはりティンティンの思春期性というか。おばあちゃんへの罪の意識もあると思うけど、ずっと浮かない顔をしていたり恋に恋している感じというか。また、クーリンチェでも描いてるんだろうけど、その不安定さとかが暴力に発展しうることとか。しかもすごく90年代的というか時代を描いている描写にも感じるし、普遍さでもあるんだよな。でもこの映画において、ティンティンはおばあちゃんに赦される。赦しがこの映画にはある。10代の彼女にそれがあって良かったなあと。
とにかくまとまるわけが無いんだけど、2024年の忘れることの出来ない映画体験になりました。ありがとう。
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