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隠された記憶のakrutmのレビュー・感想・評価

隠された記憶(2005年製作の映画)
3.9
自宅を監視するようなビデオテープが送られてきたことをきっかけにエスカレートしていく脅迫に悩まされるとともに、妻にまで隠していた過去の出来事を思い出して罪の意識にさいなまれる男性を描いた、ミヒャエル・ハネケ監督の心理サスペンス映画。

一見すると、ビデオテープを送りつけた犯人は誰かという謎解きがメインのミステリー映画のように見える。しかし、ハネケ監督は最後まで犯人を明らかにしない(これはネタバレではないだろう)。インタビューでも、最初から犯人が誰かを描くつもりはなく、鑑賞者が自由に解釈できるような作品を撮ったと語っている。犯人を示唆するような手がかりをさりげなくラストシーンに用意しているけど、それが決定的というわけでもない。

本作はミステリー映画と捉えるよりも、サイコスリラーと捉えるほうが適切だろう。ハネケらしい観客を驚かすショッキングなシーンを挿入しながらも、他人には絶対に知られたくない過去の秘密が徐々に晒されそうになるときに感じる焦燥感、羞恥心、恐怖心などをリアルに描いている。主人公のジョルジュを演じるダニエル・オートゥイユの相変わらずの熟練した演技のおかげもあって、後々まで余韻が残るような強い印象を与える秀作である。それもあって、ミヒャエル・ハネケ監督の最高傑作とまで言う批評家も少なくない。

ビデオテープを郵便で送りつけるというやり方は、現代ではSNSで匿名アカウントから映像を送りつける、もしくは不特定多数に晒すという方法になるのだろうか。いや、SNS社会だからこそ、ビデオテープで郵送するのは脅迫方法として効果的なのかもしれない。でも、もはやビデオデッキが自宅になく、中身を見ないままゴミ箱行きというオチにもなりそう。

『隠された記憶』という邦題から、主人公が意図的に隠しているのではなく、無意識的に隠してしまったというニュアンスを(私が勝手に)感じ取ってしまった。一方で、フランス語の原題『Caché』やその英題『Hidden』では何が隠れているかは明示していないので、そのようなニュアンスは受けない。(また、caché には秘密という意味合いもある。)

映画を見る前からそのような邦題のニュアンスに囚われていたので、主人公のジョルジュは二重人格(解離性同一症)であり、ある記憶を失っている(忘れている)のが作中で描かれている表の人格、表の人格にその記憶を思い出させるためにビデオテープを送りつけているのがもう一つの裏の人格であると思って、二重人格を暗示する手がかりがいつ出てくるかと見ていた。実際にはそんな手がかりは出てこないのでこの解釈は的外れなのだろうが、一定の説明力があるような気もしている。
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