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高校大パニックの教授のレビュー・感想・評価

高校大パニック(1978年製作の映画)
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色々見所があって普通に面白かった。
石井聰亙が着目されるようになった同タイトルの「リメイク」でクレジットは澤田幸弘監督と共同監督名義になっているが、石井監督はフィルモグラフィーから外している(実際には何もさせてもらえなかったらしい)ので実質は澤田幸弘監督の作品、と言える。

本作には当時の日本で過熱している「受験戦争」によるストレスから、偶然手に入れた銃(猟銃)で学校に殴り込み。
数学が苦手だった主人公、城野(山本茂)が気に入らない数学教師(久富惟晴)を殺害。
立てこもり事件に発展し…という物語。

「日活」で製作された本作の、映画会社の特色が反映された「無軌道な青春バイオレンス」的な風合い。
鈍重なストーリー展開よりも、荒っぽい撮影と、バイオレンス中心のドメスティックな画面づくりなどで「それなりに」は退屈しない。

福岡出身の自分にとっては世代が違えど、見知った風景の断片も合わせて「あ、この店知ってる」といった個人的感慨も楽しい。
加えて、当時ほどではないにせよ、受験システムと、偏差値至上主義と地方都市の因習がないまぜになったイデオロギーの貧しさは、空気として上手く演出されていたと思う。

僕自身にとっても、当時の鬱屈や「学校」という組織、社会、校舎の「つくり」も含めて未だ、ノスタルジーの対象ではなく、生々しく「殺意」を呼び起こす存在であることに自分自身恐ろしくなった。
少なくとも現代の視点で見ればなおさら。
この教育システムや、教師の横柄な態度。軍隊と何ら変わらない、生徒への人権意識の低さなどは、映画のクオリティとは別に、非常に不愉快な気持ちになった。

城野が銃を手に入れる件の緩さは愛嬌としても、映画冒頭で早々に数学教師を射殺した時点で、本作はドラマとしては役割を終えてしまう。
立てこもるには多勢に無勢であるし、鎮圧する警察側、教師側、あるいは父兄側や巻き添えになる生徒たちのドラマも浅い。

ただただ逃げるから追う、撃つ、巻き添えになるの繰り返しで、ドラマの構造的に長編映画向きではないことが露わになっている。
ロマンポルノ的に、若き浅野温子のヌードシーンというのは、俗な意味での「サービスショット」として機能しているのだろうし、彼女自身の魅力も画面に収められているとは言えるが、本作の物語に必然をもたらしているかと言えば否と言わざるを得ない。

ただ、好きなタイプの映画であることもまた事実。
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