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譜めくりの女のtakのレビュー・感想・評価

譜めくりの女(2006年製作の映画)
3.6
音楽学校の試験に挑む少女メラニー。練習を重ねて臨んだ実技試験の真っ最中、失礼な女が審査員のピアニストにサインを求めて部屋に入ってくる。ピアニストはそれを応じ、メラニーは集中力を失ってしまう。「どうしてやめるの?続けなさい」とピアニストは冷たく彼女に言った。結果は当然、不合格。メラニーはピアノに鍵をかけ封印してしまう。

数年後、メラニーは実習生としてある法律事務所に勤務していた。弁護士のジャンが休暇の間子守をしてくれる人を探していて、メラニーはそれを引き受ける。メラニーを迎えたジャンの妻アリアーヌは、他ならぬあのピアニスト。精神的な問題を抱えていたアリアーヌは、時折不機嫌な態度をみせる。メラニーが楽譜を読めることで、演奏の補助である譜めくりを頼んだ。アリアーヌは次第にメラニーに信頼とそれ以上の気持ちを抱くようになっていく。

演奏で両手がふさがっている時に楽譜のページをめくる為の補助者。ただページをめくればいい訳ではない。演奏者とのタイミングや呼吸が合わなければそれで演奏は台無しになってしまう。それだけに演奏者が任せられると思える人であることが必要だが、アリアーヌはそれだけでなく、メラニーの若さに憧れにも似た感情があった。しかし映画ではアリアーヌにそんな感情が芽生える瞬間は描写されない。だから息子とかくれんぼする場面でいきなり手を握ろうとしたり、水着姿のメラニーに意味ありげな視線を送るのが、ちょっと唐突に映る。それは仕方ない。映画を音楽に例えるならば、アリアーヌの感情を描写するのは対旋律で、この映画の主旋律ではないからだ。

この映画の主旋律は、メラニーがアリアーヌに近づいて個人的な復讐を遂げようとするのか?というミステリアスなもの。スリラーと呼ぶ程怖くもなく、サスペンスと呼ぶ程の緊迫感はない。でもアリアーヌの日常に少しずつ足を踏み込んでいき、彼女の心を静かにかき乱していく。大事な演奏の場で姿を消すクライマックス、取り乱すのをグッとこらえたアリアーヌだが散々な演奏になってしまう。そこに黙って戻ってくるメラニー。職場放棄を罵られてもいいくらいの行為なのにアリアーヌは何も言わない。

最近のフレンチスリラー映画「告白小説、その結末」でも、散々な目に遭わされながらもその相手を受け入れてしまう主人公に驚かされたが、根底にあるのは同じような心情なのだろう。

観ている僕らには、表情を変えないメラニーの狙いが何なのかとにかく不気味で仕方ない。アリアーヌの息子に、指を痛めるからと禁じられている早弾きの練習をさせる。練習の様子を尋ねられて「順調です」と答えるメラニーの静かなる悪意。映画のところどころで際立ってくるメラニー側の復讐という旋律。映画のクライマックスでは、アリアーヌ側の感情という対旋律が再び描写されて、見事に絡み合いながら静かなる幕切れが訪れる。ジワっとした怖さが、ピアノのサスティンペダルの余韻のように、観終わってしばらく続く。

「タイピスト!」でキュートだったデボラ・フランソワがクールな魅力を発揮し、「大統領の料理人」などで表情豊かなカトリーヌ・フロもこの映画では抑えめの演技。陰気臭い役柄になりそうなところだが、それでも目が離せないのは二人の演技あってこそ。弁護士ジャン役は、「クララ・シューマン 愛の協奏曲」で音楽家ロベルト・シューマンを演じたパスカル・グレゴリー。
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