クシーくん

吸血鬼ドラキュラのクシーくんのレビュー・感想・評価

吸血鬼ドラキュラ(1958年製作の映画)
4.0
U-NEXTは痒い所に手が届くのがありがたい。久々に視聴。
ハマープロが「フランケンシュタインの復讐」の成功に続き、大ヒットさせた正当派古典ホラーにして、この後の吸血鬼物に絶大な影響を及ぼした記念碑的作品。本作以前はフィルム・ノワールやドラマ映画を撮る傾向にあった監督のテレンス・フィッシャー、本作を機にホラーの名匠扱いされ、これ以降、ハマーと組んで怪奇映画を撮り続ける事になる。

ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」では、ドラキュラ伯爵がジョナサンを城に招いた理由はロンドンに地所を買う為で、不毛なトランシルヴァニアよりも、大都市ロンドンの方がより獲物が多いからという実利的な物だった。
本作では、ドラキュラ伯爵が吸血鬼である事をジョナサンは知っており、それを隠して城に招かれており、最初から退治する気満々だった。そして自分の眷属を殺された復讐としてドラキュラ伯爵はミナ達の前へ現れる。
動機が復讐なので、90分という尺の中では軌道が明瞭になっていて見やすい反面、ドラキュラの底知れない不気味な魅力はやや損なわれていたように思う。

それ以外にもストーカーの原作と異なる部分は多々あるが、一番の大きな変更は距離感の違いだろうか。スピーディーな展開にするために映画ではジョナサンやミナをドイツ人にしている。ドイツとルーマニア、同じ大陸ヨーロッパであれば確かに船旅は必要なくなるので、大幅なカットになる。と同時に、原作や「吸血鬼ノスフェラトゥ(1922)」に見られるあの恐怖の情景が省かれてしまうのは残念。

古典作品ゆえの粗も多いが、ドラキュラをコウモリや霧に変身させるという要素を作中わざわざ否定させて、当時の技術では再現不可能な部分は敢えて削ぎ落として吸血鬼リアリズムに徹した為、ミステリ的な要素が加味されているのは好ましい。ドラキュラは霧になって人間の家に忍び込む事が出来ない故に、地下のワイン蔵に棺桶を運ばせており、気づいたヘルシング教授とバッタリ鉢合わせになったシーンは笑った。

本作の評論では、吸血行為へのセクシャリズムを多分に語る傾向にあるが、正直そこまでリーにエロティシズムは感じなかった。ミナを演じたメリッサ・ストライブリングが伯爵に吸血された後、朝帰りした顔の艷やかな表情の方が良い。とはいえ、リーの台詞がそれほど多くない中で、マントを閃かせる動きと表情で圧倒的な存在感を見せつけるのは流石。リーの顔がクローズアップされた際の口中血塗れになり、目がどす黒く光る特殊メイクも素晴らしい。
ピーター・カッシングのヘルシング教授は冷静沈着に宿敵ドラキュラを追う知的な紳士で、その完成されたスタイルは美しいがやや面白みには欠ける。本作の一年後に同じくハマーフィルム製作「バスカヴィル家の犬」でホームズを演じているが、カッシングのヘルシング像は吸血鬼専門の名探偵という趣がある。吸血鬼になったルーシーを演じるキャロル・マーシュの、ニヤリと笑った口元から生える長い犬歯、そして十字架を突きつけられて恐れ慄く野獣のような顔つきがとても良い。

ラストシーン、朝日に晒されたドラキュラが粉々になっていくのがこの時代のグロテスク描写としてはかなり頑張っている。蒼然とした古城の中で風化した伯爵が灰になり、大気へ散っていく嫌な余韻が最後まで残る。
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