クシーくん

落下の解剖学のクシーくんのレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.3
各々の主張が食い違う、いわゆる羅生門方式の物語ではあるが、真実はどこに?というミステリー的な問いかけではなく個々が抱えた真実を、家中に貼られたテープを辿っていくように手繰り寄せ擦り合わせていく、人間関係の悲劇を描いた重厚なドラマ。
とはいえ、裁判はケースに対して「法に基づいた客観的な」真実を決定する手段なので、有罪であるか、無罪であるかの二択を決定する必要がある。本作はそこを更に踏み込んで、有罪無罪の別なく人生は続くし、事実が明らかになった親子の関係は元に戻らないというセンシティブな現実を幼い子どもの残酷な決意によって明示している点が出色。目の見えない子供が曖昧な要素が飛び交う裁判を左右するキーパーソンというのが皮肉だし辛い。

序盤の死体発見以降は、起訴に至るまでと裁判の準備などが淡々と続いていく為、正直眠気を覚える部分もあったが、次々と事実が明かされていく後半からは俄然盛り上がり、脚本賞も納得。

ドライブ・マイ・カーでも採用されていたが(流行りなのか?)、複数言語を劇中に盛り込む事で、意思疎通の困難さ、相手を理解することの難しさを言語という障壁でシンボライズしている。本作はそれ以外にも「盲目(身体的障碍)」「性的指向」などで夫婦関係が破綻していった理由を劇中の会話や状況から丁寧に積み重ねていく。
音楽の使い方も気になった。冒頭、大音量の50セントは物語の不穏を想起させて興味を惹きつけるのに十分効果的だし、噛み合わない親子の連弾による、ショパンの悲しい調べを最後に持って来るのも良かった。

しかしフランスの法廷って毎回こんな感じなの?裁判長ほとんど制止しないし皆口挟みまくってるし本件と関係ない私見を述べまくるしカオス過ぎる。法廷に検察側が小説持ち込んで、サンドラは執筆に当たり経験を参考にしていたのです!ってオイオイ。スティーブン・キングは連続殺人鬼か?って弁護士のツッコミもどうなんだ。夫婦喧嘩の長台詞すごい。ヒトラーかよって熱量の大演説。傍聴席もドン引きしてて笑った。トリエ監督はザンドラ・ヒュラーをアタリにして脚本を書いたらしいが、それも頷ける貫禄の演技に終始驚かされた。演技といえば息子ダニエルを演じた15歳のミロ・マシャド・グラネール。盲目の演技を続けるだけでも難しいと思うのだが、不安と怒りと悲しみで押し潰されそうになりながらも毅然と法廷に立つ芯の強さと、相反する年相応の弱さが違和感なく演じられるのすごい。今向こうでは大注目なんだろうなあ。
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