クシーくん

ファントマのクシーくんのレビュー・感想・評価

ファントマ(1913年製作の映画)
3.3
アルセーヌ・ルパンに並ぶ、フランスの最も有名な怪盗紳士ファントマ。我が国では大正時代に紹介されており、既に公開されていた同じ怪盗物である「ジゴマ」ほどの人気は出なかったようだが、ジゴマが覆面をした荒っぽい犯罪組織の親分であったのに対し、ファントマはその場その場で人を使う事はあってもソロプレイヤーの孤高な怪盗。変装、タキシード、アイマスクと後の怪人二重面相の挿絵に代表される、今日の怪盗像の一原型と言っていいだろう。本作は後に「レ・ヴァンピール」を監督するルイ・フイヤードのファントマシリーズ五作品の内、一作目に当たる。

映画内で明確な説明がないが、原作ではファントマは本作開始以前、第二次ボーア戦争にガーンという偽名で従軍しており、その時上官だったベルサム卿の若き夫人モード・ベルサムと恋に落ちる。二人でパリに戻り同棲していた所をベルサム卿に見つかり、揉み合いになり殺した、という事らしい。映画のベルサム夫人は見るからに陰気で悪そうな年増のおばさん、というステレオタイプの装いとメイクにしているが、怪盗に恋するうら若き夫人ならもう少し美しく可憐なキャラクターにすれば良かったように思うが、やはりそこは時代の違いだろうか。
本作でもチラッとだけ登場するファンドールという記者も、ジューヴ警部の協力者として本筋に深く関わるようなのだが、劇中では詳細なプロフィールと本来のロールを大幅にカットされている。

前半はファントマが起こした令嬢宝石強奪事件からファントマが逮捕されるまで、後半は彼の愛人ベルサム夫人がファントマ脱獄計画を立てる、という筋書き。ファントマは割りと簡単に、しかもかなり情けない形で捕まってしまう為、タイトルロールであるにも関わらず大した見せ場がほとんどない。この手の映画の場合、アクションや虚仮威しを盛り込む事で中弛みを防ぎそうなものだが、1913年の映画にそこまで求めるのは酷という物なんだろうな。とは言え、やはりまだフィックスが多いものの、演劇の舞台を型通り正面から映していたのが、切り替わってベルサム夫人がボックス席から舞台を眺めるシーンへ転じ、ベルサム夫人(ボックス席)、観客(1F席)、役者(舞台)と三段構成を取る事で、舞台の奥行を効果的に表現するなど、従来の映画作品にない工夫も多く見られる。

捕まった怪盗がそっくり似せた身代わりを立てて見事に脱獄する、という筋は既に1906年「アルセーヌ・ルパンの脱走」で描かれており、1911年に執筆されたスーヴェストル/アランの原作はこれを模倣した物だろう。姿背格好が同じとは言え、分かりそうなものではあるが、旧き良き時代の大らかなプロットである。
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