ボブおじさん

一人息子のボブおじさんのレビュー・感想・評価

一人息子(1936年製作の映画)
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小津安二郎がゼームス・槇名義で書き下ろした原作を自らのメガホンで映画化した、小津作品初のトーキー映画。昭和初期の不況時代を1組の母子の目を通して描いた傑作である。

信州の田舎町で、身を削って働きながら女手ひとつで一人息子の良助を育てあげた母親。大学進学を希望する息子のため、貧しいながらも何とか学費を捻出して東京へと送り出す。

良助の小学校時代の担任を演じたのは、小津に見いだされ、その後も小津作品には欠かせない役者となる笠智衆。冒頭から得意の棒読み節が炸裂する(笑)。

ところが数年後、東京で出世しているはずの息子のもとを訪れた母親は、息子が夜学教師として貧しい生活を送っていることを知り、愕然とする。おまけに結婚して子供までいることをこの時に初めて知らされるのだった。東京に行って〝大学を卒業すればバラ色の生活が待っている〟。親子ともども思い描いていた夢とは程遠い現実がそこにはあった。

東京案内の金も底をつき、母親を連れて行った先は東京湾を埋め立てたゴミ焼却工場が見える空き地、そこで2人は地べたに座り初めて本音を語り合う。息子の不甲斐なさを責める母と期待に応えられずにほぞを噛む息子。当時の日本の現実を漂わせる名シーンだ。

今とは違い大学まで行ける者は、限られたほんの一握りの時代。母と一人息子との間の期待し期待されることの嬉しさと辛さ。暗い時代の現実から浮上できない人々の心情描写が見事。

だが、映画はここで終わらない、最後に起きるある事件によって映し出される本当に大切なこととは。一人信州に帰る母の顔が誇らしげだ。暗い雰囲気が漂う時代に、小津安二郎が全ての日本人へ届けた人間讃歌。