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甘い罠のakrutmのレビュー・感想・評価

甘い罠(2000年製作の映画)
3.7
妻を事故で失った著名なピアニストと一人息子のブルジョア家庭が、元妻であったチョコレート会社の女社長との再婚や、息子の出生時の取り違え騒ぎのもう一人の当事者であるピアニスト志望の若い女性の登場によって、崩壊していく姿をサスペンス風に描いた、クロード・シャブロル監督のドラマ映画。毒入りでもいいので、ホットチョコレートが飲みたくなる。

原作であるシャーロット・アームストロングの小説『The Chocolate Cobweb』を翻案した脚本は、いろいろと納得できない部分がある。ミカが前妻の息子ギヨームを毒殺しようとするというプロットが基本であるが、その動機は定かではないし、そもそもどこまで本気なのかもわからない。著名なピアニストであるアンドレの子供かもしれないジャンヌが彼に近づきレッスンを受けるというもうひとつのプロットにしても、ジャンヌの本心が掴みにくいし、なぜいきなりミカを疑ったのかも不明である。

クロード・シャブロルはそんなストーリーの弱さには興味はなかったのだろう。本作の見どころは、静かな言動から暗示される主人公ミカの精神的な破綻と、彼女を演じたイザベル・ユペールの演技に尽きるからである。後期シャブロルのミューズとなったイザベル・ユペールは、シャブロルから本作で変質者を演じたいかと聞かれて、イエスと答えたそうである。そんな彼女の掴みどころのない表情や行動を楽しめるし、そんな彼女の精神を表現する胎児返りのラストシーンが秀逸である。

もう一人注目したいのは、本作は出世作となるアナ・ムグラリス。作中でのジャンヌの立ち位置がいまひとつ微妙ではあるが、彼女の魅力は十分に発揮されている。その後は、その美貌やスタイルを活かしてファム・ファタール的な役柄を多く演じるとともに、シャネルのモデルとしても活躍することになる。

邦題も悪くないが、原題の『Merci pour le chocolat(チョコレートをありがとう)』のほうが好き。ちなみに英語の『Nightcap(寝酒)』は、ちょっと外しちゃった感がする。
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