シゲーニョ

マタンゴのシゲーニョのレビュー・感想・評価

マタンゴ(1963年製作の映画)
4.5
今現在も使われているのか、全く見当も付かないが、業界用語で「雨笠番組」というのがある。

主に屋外のスポーツ中継、その放送が中止された場合、その代替えとなる「予備番組」のことで、雨天に伴う事例が多いことからこの呼び名が付いたらしい。
まぁ、ここ20年余りの間に、ドーム球場や屋根付き競技場が増えたことで、台風でも直撃しない限り、番組が中止することなどほとんどないので、多分40代以下の人たちには聞き慣れない言葉だろう。

遡ること今から半世紀近く前になるが、自分の幼少期、特に梅雨や台風が訪れる時期にプロ野球の放送中止が結構あって、「東宝特撮シリーズ」いわゆる怪獣映画が、雨笠番組として度々OAされていた。
(当日の朝刊のラテ欄に「雨天中止の場合は『○○○対ゴジラ』を放送」といった表記があるため、それを知るや否や、野球好きの父親には申し訳なかったが、天に向かって「神様、今夜、お願いだから雨を降らせて下さい」とよくお祈りしたものだ…笑)

そんな雨笠番組の一つとして、出会ったのが本作「マタンゴ(63年)」。

ただし、当時、幼稚園年長組の自分には「マタンゴ」についての事前情報などある筈なく、ただカタカナのタイトルだけで怪獣映画だろうと決め付ける、短絡的な考えしかなかった。
(戦争映画「太平洋奇跡の作戦 キスカ(65年)」を、ゴジラ・ラドン・モスラと同じ3文字のカタカナタイトル、しかも東宝製作だから「絶対怪獣映画だ!」と、小二の頃あたりまで信じ切っていた怪獣少年だったので、ムリもないハナシだと思う…)

さて、野球中継が雨天中止となって、ちょっとムッとしながら晩酌している父親を横目に、ひとりルンルン気分で「マタンゴ」をTV鑑賞することになるのだが、観ていくうちに、次第に後悔の念が沸き起こっていく…。

端的に云えば、本作で生まれて初めて、トラウマ級の“恐怖”を味わってしまったのだ。

本作「マタンゴ」の話の骨子は、都会の喧騒に飽き飽きした男5人、女2人の若者一行が、ヨットで外洋に乗り出し嵐に遭遇。難破漂流の末に霧に覆われた孤島に漂着するも、怪現象や食糧&水不足による飢餓状態によって、次々に人心の常軌を逸していく展開で、ついには島に生えている禁断のキノコを食べてしまい、怪物マタンゴへと変貌していく恐怖映画。

まぁ、ストーリーだけ追えば、序盤の陽気な青春映画風のヨットクルーズから一転、舞台を孤島に移すと、怪奇ムードがマシマシになっていく、よくある極限状況下のサバイバル劇、心理スリラー。

しかし、監督の本多猪四郎、脚本の木村武、そして特技監督の円谷英二らによって仕立てられた映像、紡がれるカット全てに、上手く説明できないが、タダならぬ“不吉なムード”みたいなものがこびり付いているように感じられ、劇中の登場人物たち同様に、TVで観ている自分にも、この世のものとは思えない“異界に彷徨い込んでしまった絶望感”みたいなものが、ジワジワと沸き起こってしまったのだ。

深い霧が立ち込める中、食糧も水も底をつき、何とか島で調達出来ないかと無人島を必死で探索する一行。
ふと宙を見上げれば、渡り鳥が島を避けていくように飛び去っていく。
野性の本能がそうさせたのか、渡来する生物が寄りつかない“何か”がこの島にはあることを想像させる。

そして海中を覗けば、その底にはおびただしい数の船の残骸が見える。
潮流の関係なのか、船が吸い寄せられて、霧の中で座礁してしまったのだろう。
まさに“船の墓場”なのだが、死者の気配が島中に立ち込めているのに、いざ調べてみると死体一つも見つからない。
つまり、この島に辿り着いた者たちは、“生きているのでもなく、死んでもいない状態”になっていることを示唆している。

こんなシーンが幾重にも重なり合い、恐怖がピークへと達していくその時だった…。

絶え間なく雨降る夜、登場人物たちのほとんどが難破船のひとつの部屋に集っているちょうどその時に、窓の外からヒョイと、誰かが覗いている(!!)

そしてこの何者かが、主人公たちが隠れ忍んでいる部屋へとギシギシと近づいてくるのだ。
雨に濡れた甲板を歩く足音、扉の軋む音…何やらヒトのような形をした影が廊下の奥から次第に見えてくる。

しかし、あろうことか登場人物の一人が恐ろしさの余り、部屋のドアを閉めてしまったばかりに、どんな奴が来るのか分からなくなってしまう。
大きさもわからない。ドアまでの距離もはっきり掴めなくなる。唯一、分かることがあるとすれば、それが「只ならぬ者」ということだけ…。

今ドアを開けたら、そいつの正体はハッキリするだろう。でももう、怖すぎてできない…。

ゆっくり回さられるドアのノブ。
そいつがいよいよ室内に入ってくる。
待ち受けるこちら側(=TVで観ている自分も含めて)は、一切の情報が遮断されたままだ。
こうして恐怖は、最高潮に達する…(!!)

怪物の姿を敢えて直接見せずに、難破船の「窓」や「扉」、怪物の「影」と「足音」を活用して、観る者の想像力をかき立て、得体の知れない脅威がヒタヒタと迫ってくる濃密なサスペンス。本多監督の入念にして繊細な演出に上手く引き込まれてしまったワケである。

そしてダメ押しなのが、ドアの隙間から“ヌッと”現れる怪物の顔。

決して大袈裟でなく、現実と非現実、日常と非日常の境界線を乗り越えて、TV画面から飛び出して、本気で自分に襲ってくる怪物に見えた。

当時4、5歳の自分は、現実と空想を取り違えてパニックを起こし、一緒に観ていた5歳上の姉も相当ビビったらしく、その夜は二人して同じ部屋で電気も消さず、真夏なのに雨戸を閉め、頭からタオルケットを被ったままガタガタ震えながら寝たほどの、絶対に忘れることが出来ないトラウマ体験となってしまった…。

蛇足ながら、自分には「トラウマになる映画」の法則みたいなものがあって、映画館よりも実家のTVで観たものが断然多い。多分家族と一緒に流し見ている分、映画館よりも気持ちが緩んでいるのだろう。
だから、突然想像だにしないショッキングな描写が映った時のインパクトが尋常でなく、更に付け加えれば、本作が「怪獣映画」、そして「雨笠番組」ということで、余計にナメてたというか、恐怖を受け入れる準備みたいなものが出来ていなかったのだと思う。

さて、本作は「東宝特撮シリーズ」の一篇であることから、当然、真の主役は怪物「マタンゴ」になるワケだが、その名前は若者一行が仮住まいとする難破船内、実験室らしき部屋にあった記録書から採られている。

難破船は実のところ、核爆発の海洋汚染を調査する国籍不明の船で、放射能による突然変異の実例としての標本が数多保管されており、中でも目を引く巨大なキノコの名前が、実験記録によると「Matango」。

無人島で発見された新種で、食べると麻薬みたいに神経がイカれてしまう物質を含んでいるらしい。
主人公たちは、缶詰といった非常食が残っているのに生存者がいない、死骸が見つからないのは、このキノコが原因なのではと推理するのだが…。

この映画が本当に怖いのは、どのキノコが元は人間で、どれが元から自生していたものなのかを判別する手掛かりを、観る側に一切与えていないことだ。

もしかしたら、登場人物たちが流れ着いた島の奥にある、深い霧に包まれたジャングルそのものが、元は人間なのかもしれない…。

キノコを食べた人間がキノコになり、そのキノコをまた人間が食べる。
お互いを呼び合って、お互いを食べ尽くした結果、待っているものは何だろうか…。
それは破壊行為の無い世界=ユートピアなのだろうか…。

大学生になって浅草か池袋の東宝直営館の劇場、そのオールナイト上映で、十数年ぶりに再鑑賞した際に感じたことだが、自分には、本多監督たちによる「文明に対する一つのアンチテーゼ」に思えてならなかった。

本作「マタンゴ」は、迫り来る怪物の怖さばかりでなく、男女の思惑・いやらしさ・もろさ・我欲の醜さが、内面の心理劇となって描かれている。
製作当時は昭和の高度経済成長期の真っ只中であり、インテリ、金持ち、著名人といった「ハイソ志向」の人々が、理性を失う程の極限状態に陥った時、どのような行動に出るかを描いた、東宝特撮シリーズの中でも「ハイブロー」な作劇と云えるだろう。

欲望や自我によって諍いあう、“自分を特別だと過信していた”エリート族。
“飢えと性衝動”に対する剥き出しのエゴ闘争劇とでも云えようか。

序盤のクルージング中、乾杯の音頭で、新進の推理作家の吉田(太刀川寛)はこう話し始める。
「我々は今、ウジャウジャした人間どもから解放されて、広い海の上にいる!」
それにツッコミを入れる、人気シャンソン歌手の麻美(水野久美)。
「あなただって、その“人間ども”じゃないの(笑)」
しかし、吉田はこう言い返す。
「少なくとも、その他大勢とはハッキリ区別してもらいたいね(笑)!」

ところが、大海原に浮かぶ謎の無人島に漂着した途端、この一見イケてるように見えて、その実薄っぺらい人間ぶり、自己中心的な思考が露わになる。

食欲・性欲・生存欲。
生き物である限りどうしようもない、逃げられない、普段押さえていた気持ちが一気に爆発するのだ。

難破船の船倉で発見した僅かの数の缶詰、そのたった一つを「食ったか食わないか」で言い争う男たち。
「こういうものはなぁ、先に見つけた者に役得があるんだ」と不敵に云う吉田。

ほんの少ししか、食糧を採ることができなかったのに、1日中汗水流して探したから、自分の責任は果たしたと勝手に思い込む麻美と、大学の心理学教室に勤務する明子(八代美紀)。

そして、この生き地獄の中では、それまでにあったヒエラルキーさえも崩壊する。

このグループの中では最下層、臨時の水夫で元漁師の小山(佐原健二)は声を荒げ、こう叱責する。
「あんたら、頭のイイ青年社長、大学の先生、小説家かもしれないが、ここでは頭は何の役にも立たない。雨が降ったらゴロゴロするだけ。天から食い物が降ってくるのかよ!もっと体を使って、島中探して、食料を採ってこい!!」

さらに小山は海辺で海亀の卵を採り、青年社長の笠井(土屋嘉男)に1個1万円の高額で売りつける。
情けないことにそれを言いなりで、全部で20万払って独り占めしようとすると笠井。

序盤、自分のヨットを「このクラスじゃ最高に金をかけて造らせた」と鼻高々だった笠井の面影は、もうここにはない。

そして麻美も、パトロンの笠井を誹謗し始める。
「あんたにチヤホヤしたのは、ヨーロッパに連れて行ってもらいたかっただけよ!こうなったらアンタなんか、これぽっちの魅力もないのよ!」

かつて、アインシュタインが「誰かのために生きてこそ、人生には価値がある」と言ったらしいが、無人島生活で極限状態に追い込まれた本作の登場人物の大半は、その真逆の考えに陥っていく。

「自分さえ良ければいい」症候群とでも云おうか、他人を騙し、蹴落としてまで利益に有り付こうとするのだ。
一度でもそんな感情が芽生えれば、他人を信じられなくなって孤立を深めるだけだろうし、食糧も底をつきかければ、飢えも重なり、遂には発狂してしまうだろう。

追い込められた小山が再び吠える。
「頭がおかしくなる理由は一つだ。手が届くところにこんなベッピンさんがいてもどうすることが出来ない。欲求不満のせいなんだ!!」
「こんなこと言わしていいの?」と麻美が言っても、他の男たちは腕力では小山に負けることがわかっているのか、みんな「我関せず」という感じ…。

結局、暴力での奪い合いになれば、「ふん…。みんな、アタシを欲しいのよ」と不敵な笑みを浮かべる麻美。
コンパクト片手に、涼しい顔でファンデーションを塗り始めるその姿から、頼れる男と結託して要領よく生き延びようとする、あさましさが観ていて十分に伝わってくる。

このように、食糧やメンバーの女性を巡って反目が起き、欲望がむきだしになっていく仲間を見て、本作の一応の主人公、大学助教授の村井(久保明)は、「人間は環境によって極端に利己主義になる。動物的になるそういう時にこそ、理性的な行動が出来なければ、人間の進歩は終わりだ。何とか全員の気持ちをまとめなくては…」と心の中で呟き、何とか切り抜けようとするのだが…。


さて、実は本作には原作があり、それが米国の作家ウイリアム・ホープ・ホジソン著「闇の声(07年)」。
ホジソンが体験した約8年間の船乗り生活を元に、海洋怪奇小説を執筆した内の短編、その一つである。
それを本作のプロデューサー田中友幸が目をつけ、「SFマガジン」初代編集長の福島正美と星新一に映画版のプロットを依頼。
(注:色々な文献によると、星新一は2、3個のアイデアを提供したに過ぎなかったらしい…)

そもそもこの原作小説は、映画化される2年前、大門一男の翻訳で「SFマガジン」に掲載されたものだったが、その後、映画の宣伝を目的として、雑誌「笑の泉」1963年8月号に福島正美が「ノベライズ版」を発表。また光文社の雑誌「少年」1963年9月号で、石森章太郎が漫画を描いている。
同じ東宝が製作した「日本沈没(73年)」「HOUSE ハウス(77年)」よりも随分早い、メディア・ミックスの先駆け、その一つと言ってもいいだろう。

その草案を元に、本多監督は木村武と脚本を煮詰めていくにあたり、キャラクター造形を見直し、それぞれに実在のモデルを想定した人物設計を行う。

二代目社長のボンボンの笠井は、当時大学を卒業したばかりなのに無人島を買って問題視された、西武グループの堤兄弟。

推理作家の吉田は、盗作の疑いをかけられ話題になっていた大藪春彦。
(なので本多監督は、劇中の回想シーンで、ネオン街で遊び呆ける傍ら原稿を書き飛ばす吉田が、自分の作品が他からの盗用ではないかと揶揄されても恥じることなく認め、「才能を盗むのは罪じゃない。勉強することであり、修業することでもある」と嘯く台詞を敢えて言わせている…)

また、艇長の作田(小泉博)は、太平洋を一人、小型ヨットで渡ったものの、海の恐ろしさを知らぬ人命軽視と非難された堀江謙一をイメージしている。

公開当時、多くの日本人がメディアを通して知っていた、“イケてる著名人像、その象徴たる若者たち”を極限状態に落とし込んで、市井の民である観客にある種のカタルシスをもたらそうとしたのだろう。
だから、本作には、都会の刺激にすら倦んだ若者たちの冒険を共感的に描くのではなく、どこか覚めた目で突き放して描くという姿勢が、全篇を通して貫かれている。

そう、本作「マタンゴ」で描かれる生存競争をかけた人間ドラマは、はっきり云ってペシミスティック、厭世的だ。

初鑑賞時、それが陰惨な印象を受けなかったのは、当時の自分が大人社会の汚れを未だ知らない純粋無垢な子供だったことも理由だろうが、やはり本多猪四郎監督の現実と非現実を巧みに交錯させた演出によるモノだろう。

その象徴とも云えるのが、水野久美が演じた麻美の存在感。
男どもを狂わすほどの妖艶ぶりを見せながら、後半になると、笠井にキノコを食べろと勧める場面で一皮剥け、明らかに男を破滅させる“ファムファタール=悪女”の様相を見せる。

空腹やストレスで体が脆弱になっていくはずなのに、キノコを食べると、生気が漲り、以前よりも艶やかとなっていく。
これは「毒に侵されて崩れていくのではなく、綺麗になっていくのはどうか」という本多猪四郎のアイデア。

他の者たちはキノコの群生に覆われて異様なものへと変身していくのに対して、化粧がどんどんフェロモン・アップし、ジトジト雨の降る不気味な森の中で、キノコを食べながら、身悶えするように囁く麻美。

「おいしい。このキノコを食べ続けるとキノコになるのよ。でもそれが分かっていてもやめられない…」

ファムファタールという言葉が相応しくなければ、“魔女”と言い換えてもいい。
この麻美の変貌する過程は、年端も行かぬ自分が初めて体験した、観ていて妙なところがムズムズする“大人のファンタジー”だった。

そして本作は、姿形の変化、人間関係の変化に加えて、キノコに冒された人間の内側の変化も炙り出し、キノコを食べた人間が見る“幻覚”として表現している。
トリップの行先は、ネオン街やキャバレーで舞う半裸のダンサーといった、旅立つ前の若者たちが居た都会の持つ誘惑的なイメージだ。

人間社会から隔絶されたこの島では、地位・名声・資産が何の役にも立たないことが、華やかなネオンで彩られた大都会での回想=トリップシーンをインサートすることで、さらに浮き彫りになる。
人間社会がいかに虚飾と欺瞞に満ちた世界であるということを、助けの来ない絶望的な状況下で露呈する巧みな演出と云えるだろう。

また、本作のプロローグは、極彩色のメインタイトル「マタンゴ」のカットアウト後、華やかな夜の大都会のネオンサインからカメラがズームアウトして、東京医学センターの病院にいるXXXの回想から始まるのだが、そのXXXが拘束された病室に響いてくる工事の音は、本作公開の翌年に迫った東京オリンピックに向けての、競技場や高速道路といった建設、その準備を想像させる。

東京が改造されていく最中に、キノコ化する人間の誕生。
高度経済成長の裏側で、人間を人間足らしめている何かが崩れていくことを謳う、シニシズムさえも感じてしまうのだ…。

まぁ、終戦から復興へと大きく舵を切り直し、日本社会が利便性を追求することで、逆に人間性が希薄になるといった暗喩や、エゴ剥き出しで暴走する人間模様から、快楽主義や利己主義への痛烈な批判を本作から読み取ったのは、正直に申せば、だいぶ大人に近づいての何度目かの観賞の時だ。

ただし、歳をとり、新しいことはドンドン忘れていっても、「雨笠番組」での初鑑賞時、当時4、5歳の自分が観て慄いた、本作「マタンゴ」での怪物の“影”と“足音”、“ヌッと”現れるあの顔、そしてマタンゴを頬張りながら「コレ、おいしいわよぉ〜」と囁き、妖しげな視線を投げかける水野久美の表情だけは、絶対に死ぬまで覚えているだろう…(爆)


最後に…

東宝特撮映画には、「変身人間シリーズ」という「美女と液体人間(58年)」、「電送人間(60年)」、「ガス人間第一号(60年)」の三部作がある。
小田基義監督の「透明人間(54年)」はその嚆矢、また本作「マタンゴ」はその番外篇的な位置付けとされているが、系譜を継ぎ、それまでの作品以上に人間の極限状況のドラマを描いた作品だと思う。

「美女と液体人間」は、核実験の放射能を浴びた漁船の乗組員たちが放射能の影響で液体人間と化し、人間たちを襲い、襲われた人間もまた液体となる。

「電送人間」は、終戦間際に軍の金塊を私物化しようとした国賊たちに、彼らの悪事を知ったがために殺されそうになった兵長が電送装置を使い、復讐するハナシ。

「ガス人間第一号」は、冷戦下の宇宙開発競争の犠牲者=ガス人間となった男が、銀行強盗といった悪事に手を染め、哀しい運命を辿っていく。

これら「変身人間シリーズ」は、変身人間を通して人間の“業”を表現すると共に、変身人間が誕生した背景にも一貫した特徴がある。
現実に大戦が科学分野を著しく発展させた歴史的経緯から鑑みても、東宝の描く変身人間は科学の発展を促した戦争の“犠牲者”と云えるだろう。

本作「マタンゴ」で、終盤のクライマックス、ついにその姿をハッキリと見せる怪物は、核実験による突然変異という設定で、デザインした小松崎茂は原爆のキノコ雲をイメージしたらしい。
小松崎茂が描いたデザイン画の横には自筆で「これらが地中からぬくぬくと立ち上がる様は多数の原爆のキノコ雲のようにすごい」と書かれている。

それは挿絵画家の阿部和助が描いた初代ゴジラの初稿デザインと相似的であり、そうなるとマタンゴは、本多監督が1作目の「ゴジラ(54年)」で仄めかした“ゴジラは人間自身の姿”という主題を、より進展させたものと言えるのではないだろうか。

(注:核の犠牲者でありながら、生きる核兵器とも云える存在となった初代ゴジラと、戦争で傷を負いながらも、核以上の破壊兵器になり得る発明をした劇中の登場人物、平田昭彦演じる芹沢が、“分身性”を持っているという映画評論家たちからの指摘は、今現在においても後が絶たない…)

なぜなら、ウイリアム・ホープ・ホジソンの原作にも、福島正美が書いたノベライズ版にも、実のところ、核について触れた箇所が見当たらないのだ。

だから、本作「マタンゴ」は初代「ゴジラ」を撮った本多猪四郎の“監督作品”として、“映画オリジナル”として、核の設定が加えられた作品であり、“ゴジラに連なるもの”として描かれていると、強く思わざるを得ない。

本多監督は1992年に発刊された「オール讀物」での井上ひさし氏との対談で、こう語っている。

「結局、僕の中には核に対する恐怖心が解決されないままあるから、何を撮ってもそれが出てきてしまう。少し頑固すぎるのかもしれないな…笑」

監督本多猪四郎は、終戦後、長い軍隊生活から復員して、中国大陸から引き揚げて広島を通った際に、板塀で囲い、視界を遮っている向こう側に感じた、“草木も生えない異様な世界”の恐怖を、まざまざと体験した一人である…。