デッカード

カサンドラ・クロスのデッカードのレビュー・感想・評価

カサンドラ・クロス(1976年製作の映画)
4.0
アメリカが密かにジュネーブのWHO内で培養していた病原菌に感染したテロリストが乗り込んだヨーロッパの国際列車をめぐるパニック映画。

本作公開当時はハリウッド製作のパニック映画が立て続けに大ヒットし、世界的に空前のパニック映画ブームが巻き起こっていた。
それに負けじとヨーロッパでもオールスターキャストが集結し製作されたのが本作。

ハリウッドの『ポセイドン・アドベンチャー』では船、『タワーリング・インフェルノ』では超高層ビル、『大地震』では地震に襲われる都市、『エアポート'75』ではジャンボジェット機が舞台となったが、『カサンドラ・クロス』では国際列車がパニックの舞台となった。
他の乗り物などと比べると比較的安全な列車内にパニックを引き起こすためには何かしらの外的要因が必要で、本作ではアメリカが密かに培養していた治療不可能なウィルスの感染者が乗り込んでしまう、という筋書きが発端となっている。

公開当時観たときはヨーロッパ産であることをあまり強く意識はしなかったのだが、あらためて観るとハリウッド製作の作品に比べオールスターと言われる出演俳優たちがいぶし銀的な名優揃いだったことがよくわかる。
ソフィア・ローレンとリチャード・ハリスのダブル主演となっていて、バート・ランカスターなど手堅い俳優たちが脇を固めている。

今回再見して気づいたのは、娯楽大作ながらヨーロッパが舞台ならではの硬質なテーマが実はしっかり盛り込まれている点だった。
それはヨーロッパでの列車が、ともすればナチスの「ホロコースト」の記憶を連想させるものであること。
よく見ると、本作の物語もその歴史をなぞるかのように描かれていることがわかる。
公開当時は中学生だったのでナチスのホロコーストのことはなんとなくは知っていたのだが、この映画から多少そんな連想をしながらもあまり重点を置くことはなかった。
しかし40年以上も経って観てみると、その後『シンドラーのリスト』などいろいろな映画やドキュメンタリーでホロコーストの実態を具体的に知ったからなのだが、この映画の封鎖された列車から貨物列車に押し込まれ収容所に輸送されたたくさんのユダヤ人の歴史を強く意識してしまった。
その物語の中核を担うのがリー・ストラスバーグ演じるカプランで、作品の中でパニック描写とホロコーストの歴史をつなぐ重要な役割をすることとなる。
深夜、ドイツのニュルンベルクで防護服に身を包み銃を持った数え切れない数の兵士たちが暗闇の中からぼんやりと現れ列車の窓に鋼鉄製の窓枠を溶接していく姿はこの上なく異様で威圧感があり、観ている人に輸送されたユダヤ人たちの心情を追体験させる描写のように思えた。

作戦司令室パートでは、国際条約違反をしていた事実を隠蔽し早期の幕引きを図ろうとするアメリカ軍のマッケンジー大佐と人道的に列車の乗客を助けようとするシュトラドナー医師が対決する密室劇が繰り広げられる。
電話相手の顔色をうかがうマッケンジー大佐にも乗客たちを見殺しにする良心の呵責が見て取れるのだが二人は結局何もできず、鉄橋カサンドラ・クロスに向かう地図上の点灯をじっと見つめることになるシーンは列車内のパートの慌しさとは対象的に静かゆえに冷たい。

もう一つ、今だからこそリアルな恐怖を感じるのが、ことの発端が治療不可能なウィルスによってパニックが引き起こされているということ。
公開当時、ウィルスによる脅威はどこかSFめいた夢物語に近い感覚だったのがコロナ禍によって本当に身近な脅威になっていて、今だからこそリアルに観る側に迫ってくる。
その意味で2023年の「午前十時の映画祭」にこの作品が選ばれたのは間違いないだろう。

映画のもう一つの主役として挙げていいのは、ジェリー・ゴールドスミスのスコアのすばらしさ。
大殺戮に突き進んでいく悲劇性を美しい愛のテーマで印象深く奏でながら、アクションシーンのスコアでは映像を凌駕するように緊張感を高めていく。
ヘリコプターによる犬のレスキューシーンは、スコアと映像がマッチしていて映画全編の中でも白眉。
ジェリー・ゴールドスミスのキャリアの中でも傑作と言っていい作品だと思う。

当然CGやワイヤーアクトなどによる派手な演出はないものの、スタントやミニチュア演出を駆使したパニック描写には十分迫力と恐怖感がある。
そして、娯楽作品ながらヨーロッパならではの硬質な歴史を連想させ、あわせて現代的なウィルスの恐怖も感じさせる、過去作ながら今こそ観るべきパニック映画だと思う。
やはり大好きな映画でした。
デッカード

デッカード