デッカード

荒野にてのデッカードのネタバレレビュー・内容・結末

荒野にて(2017年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

15才の少年チャーリーと足を痛めた競馬馬のピートの荒野での旅。
行き場のないチャーリーの目から見た、それこそ行き場のない大人たちの姿を描く。

小さい頃は決して裕福ではなくてもおそらく幸せに暮らしていたチャーリー。
父の突然の死とかわいがっていた競馬馬ピートが売られる(おそらく殺される)ことをきっかけに、チャーリーはピートを連れて旅に出ます。

チャーリーが旅で出会うのは、みんな"行き場のない"大人たちでした。
そもそもチャーリーの父こそが、決して豊かとは言えない生活を送っていました。
妻に去られて一人チャーリーを育てながら不倫して生きている、そして不倫相手の夫に暴力を振るわれ呆気なく死んでいくことは、人の人生の終わりである"死"に劇的なものなどない、大きな意味などない、ある種人生の持つ刹那的な寂しい側面をうかがわせます。

競馬馬の調教師デルにしろ、女性騎手のボニーにしても、人生のどこかの段階で競馬馬を生き物としての"馬"とは見ないことで食いつないでいる。
大人になって生きていくために、やさしさなどいろいろな邪魔な感情を捨てないと生きてはいけない「甘くはない現実」が描かれていると思いました。

父の突然の死とピートへの愛情からワイオミングにいるはずのマージー叔母さんだけを頼りにピートを連れ出したチャーリーが旅で出会う人々は、自分の意思とは関係なくどうしようもない社会にいる人たちばかりでした。

そんなチャーリーもまた、子どもがそんな大人になっていく、どうにもならない理不尽な出来事が起こり続ける過程を旅で追体験していくことになります。
お金がないことがほとんどの原因なのですが、ピートのためという理由で、ガソリンを盗んだり食い逃げをし、そのことにだんだんと罪悪感を感じなくなっていく描写はわかりやすく思えました。

チャーリーとピートに先が見えないなりに幸せになってほしいと思って観ていましたが、映画はそんなファンタジーではなく現実を淡々と描いていきます。

そして極め付けが、おとなしく従順に見えるとてもかわいい馬のピートが、チャーリーの父同様、何の大きな理由もなく呆気なく死んでしまうことには生き物における死を象徴しているように思えました。

この映画の主人公であるチャーリーのように誰かを助けてあげたいというやさしい気持ちから手を差し伸べようとする気持ちはよくわかるし共感もできるのですが、それが決して誰にとっても甘くはない世界ではたやすいことではない現実がしっかりと描かれています。
チャーリーがピートを助けようと手を差し伸べたことで、殺される運命だったとはいえ、ピートを事故死させることになるストーリーは、一見慈愛に満ちた行動であろうと一過的な感情だけで後先何も考えず手を差し伸べる行為が決して責任感のある行為とは言えない、そんな甘くはない世の中の無慈悲な姿を描いているように思えました。

結果、ピートが事故死してからチャーリーもどんどん社会の底辺へと落ちていきます。
チャーリーにピートを助ける方法が他にはなかったことを思うと、チャーリーの選択はとても切なくて、正しかったと肯定的に描いてもらいたかったという動物好きとしての本音はあります。
しかし、この映画が他者に対する慈愛ややさしさを注ぐことがそんなたやすいことではない、もしかしたら実は自分こそが助けられる側で、その行為が自分すらも危うくする「甘くはない現実を描くこと」に終始しているところには納得できました。

チャーリーがマージー叔母さんに引き取られ幸せな人生を歩み始めることで映画は終わります。
この展開は唐突で、悪く言えばご都合主義に思えるかもしれません。
しかし、この作品が「理不尽な出来事の連続で社会の中で落ちて苦しんでいる人たちを安易な気持ちでは助けることはできない、そのむずかししさとそれと共存するかもしれない危うさと虚しさ」をチャーリーという少年の父親と馬のピートへの思いで追体験させることが目的だったとしたら、十分過ぎるほど説得力のある映画だと思えました。

ただ、そんな現実のきびしさを描きながらもこの映画は決して他者に対するやさしさや慈愛を躊躇させるものではないようにも思います。
自分の好きな走ることができるようになったチャーリーがふと振り返るラストカットには、チャーリーの父とピートに対してのやさしい気持ちには嘘偽りはなく、チャーリーがこれからの人生で忘れられない旅での出来事とともにそこにあったやさしさや慈愛の気持ちを持って大人になっていくのではないか?そしていつか誰かを本当に助けることができるのではないか?という希望も感じることができました。
この映画の一歩踏み込んだ主題は、ピートというかわいくてかわいそうな馬の姿に観客が抱く共通の思い、そこにあるやさしさを身の回りの誰かに抱かせることだったのかもしれません。

それにしても、映画の主題を置いておいても、ピートには幸せになってほしかったなー。
とにかく、かわいそうでした。
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