ミーハー女子大生

羊たちの沈黙のミーハー女子大生のレビュー・感想・評価

羊たちの沈黙(1990年製作の映画)
4.6
【あらすじ】
若い女性を殺害しその皮を剥ぐという猟奇事件が続発。
捜査に行き詰まったFBIは、元精神科医の殺人鬼ハンニバル・レクターに示唆を受けようとする。
訓練生ながらその任に選ばれたクラリスは獄中のレクターに接触する。
レクターはクラリスが、自分の過去を話すという条件付きで、事件究明に協力するが…。
トマス・ハリスの同名ベストセラーを完全映画化したサイコ・スリラー。
アカデミー賞の作品・監督・主演女優・主演男優賞といった主要部門を独占。

【感想】
長いアカデミー賞の歴史、中にはよくこの作品が賞を獲れたなぁと思えるものもあります。
ホラーとかSFを無条件で蚊帳の外に置いてしまうアカデミー賞、92年はまさに異色の年でした。
アカデミー各賞の中でも最も重要な賞とされるのは、勿論作品賞。
次が主演男優女優各賞、そして監督賞でしょう。
何とこの作品第64回アカデミー賞でその主要4部門を独占してしまいました。
数多の名作がひしめくアカデミー賞の歴史の中でこの4部門を独占したのは、第7回の「或る夜の出来事」、第45回の「カッコーの巣の上で」と、本作の3本のみです。

この映画、アカデミー作品賞受賞作品の中ではダントツに怖い映画です。
サイコスリラーという新しいジャンルの先駆けとなり、目を背けたくなるような残酷なシーンもある。
しかし何度観ても、いや観る度にますますこの映画が好きになっていく。
とてつもなく完成度が高い作品だからです。

内容に関してはとにかく有名な映画なので割愛します。
ホラー嫌いのアカデミー賞が何故この映画に最高の賞を与えたのか、それを考察してみましょう。

恐怖映画の範疇に入る作品ではありますが、この映画の根底にあるものはまさしく人間という真理への探究です。
男性が職場の中心の時代、本作の主人公クラリス・スターリングは狼煙を上げる。
それまでにも「エイリアン」のリプリーなど、女性が男性の出番を食ってしまう作品がなかったわけではありませんが、明確に女性進出の意志をヒロインが打ち出したのは、本作が先駆けかも知れません。

男性ばかりが乗っているFBIアカデミーのエレベーター内、男性警官ばかりがひしめく遺体安置室、これはまさに男性の職場だと言っているようなもの。
そこに我らがクラリスは堂々と乗り込んでいく。
腐乱した死体の悪臭避けに鼻の下にメンソレータム(笑)を塗りたくるクラリス、画的にはギャグのようですが、これは彼女の男たちに対する宣戦布告なのです。

もう大のお気に入りのジョディ・フォスター、やっぱりクラリスは彼女しかいない。
もう凛とした美しさと知性、そして芯の強さ、まさにクラリスそのものですよね。
ただ彼女は強いばかりの女性ではない。
幼い頃のあるトラウマをずっと抱えている。
そうした役の奥深さがフィクションの登場人物以上の印象を与える。

そしてもう一人の主役、ハンニバル・レクター博士。
映画史上最も有名な殺人鬼かもしれません。
獄中のホームズの異名どおりに殺人鬼であると同時に超優秀な精神分析医でもある。
アンソニー・ホプキンスのレクターに成り切った演技の怖さは格別!
瞬きもせずにクラリスを凝視し、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
気丈に振る舞うクラリスが見ていて可哀そうになるほど。

この映画、実は綿密な人間心理に裏打ちされた二人の主人公のプラトニック・ラヴの話でもあるのです。
クラリスからすればレクター博士に幼い頃に亡くした父の面影を感じていたかも知れない。
レクターの質問に答えていくだけで、全て彼女の深層心理までも見通してしまうレクターに恐怖を感じると同時に、どこかに自分をここまで理解してくれて嬉しい気持ちがあった筈。
レクターとしてみても、自分より頭の悪い精神科医のチルトンの幼稚な分析にうんざりしていたところ(ちなみにチルトンが出世の為には手段を選ばない下衆野郎として設定されているのもいい演出です)。
ありのままに答えるクラリスの姿勢に彼の知的好奇心は満たされていく。
二人の間にはガラスの仕切りや、鉄格子がある。だ
から当然スキンシップは求められない。
あくまで心と心を通わせ合う二人の姿、そこには低俗な恋を超越した愛情が存在する。
中盤逃亡する前にレクターがクラリスの指先を撫でるシーン、めちゃセクシーです。

徐々に犯人像を浮き彫りにしていくシナリオの凄さ、スコット・グレン扮するFBIクロフォードが率いた一団が犯人逮捕に向かう。
しかし中には誰もいない。
ここで初めて彼が間違っていたと気付かされる。
そして単身真犯人のところに向かっていたクラリスの危機が観客に津波のように襲いかかる!
この構成の素晴らしさ!!

心理ドラマの一面も持っている本作。
題名の「羊たちの沈黙」、幼少時クラリスは小羊一匹の命を救えなかった。
それが彼女の心に今尚重くのしかかっている。
この時の小羊は今彼女がバッファロー・ビルから救い出そうとしているキャサリンに重なる。
彼女の命、今度こそ救いたい、トラウマに立ち向かうクラリスの勇気、彼女は悲鳴を上げ続ける羊たちを静かにすることが出来るのか。

演出、演技、シナリオ、全て深く練り込まれた超傑作!

ストーリー 5
演出 5
音楽4
印象 5
独創性4
関心度5
総合 4.6

44/2023