菩薩

ゴースト・トロピックの菩薩のレビュー・感想・評価

ゴースト・トロピック(2019年製作の映画)
5.0
鑑賞後に思わず「カン…ペキ…」と薬師丸してしまうくらいには大好きなやつだった。惜しむらくは80分の短尺、なんなら120分フルで彼女のささやかな冒険にお付き合いしたかった。確かにアケルマンらしきものを強く感じる、無理くり言えば終電で寝過ごしたジャンヌ・ディエルマンの母性が夜の街を一晩中巡る帰還劇とでも呼ぶべきか。

遥か古に飯田橋から上野駅まで夜の街を3時間程歩き始発に乗った事があるが、その時の気分を少し思い出したりもした。街灯もまばらで見知らぬ道をとぼとぼと不安混じりに歩きながらようやく見慣れた風景に辿り着いた時の安堵感。本作でそれを最も象徴するのが娘ちゃんに家政婦は見たかます場面だと思うが、そこまで多少の治安の悪さも目撃している私たちはオカン同様にこんな時間に何してんのよアンタ…の視線を向けたくなる。ただそこにあるのは美しく成長した恋する乙女の姿、移民1世であるオカンは早くに夫を亡くしている事もあり仕事詰めでロマンスとは縁遠い人生を送って来たかもしれない。ただ2世である娘ちゃんは自分達の街で皆と同じ様にただただ純粋に青春を謳歌している、その事実に安堵したのであろうオカンは声をかけるでもなく静かに微笑みながら立ち去るが、そのまま道を踏み外すなかれよとの思いもあるのか未成年に酒を販売するコンビニのことはチクる。

夜の街に働き裏から社会を支える移民労働者達の柔らかな連帯感に包まれた世界を漂い堂々の帰還を果たすオカン、そうして冒頭とは対になる煌々とした朝日が昇る。「見知らぬどこかへ」のポスターに始まる冒険は終わり、そのポスターと同様の光景が広がる場所へ今度は娘ちゃんが辿り着く、そこは母の故郷にも似た景色なのかもしれない。カウリスマキもびっくりな絵に描いたようなイッヌの繋がれた紐が解ける様に、人種の坩堝と化した都市のレッテルが静かに剥がされていく。
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