Hiroki

アメリカン・フィクションのHirokiのレビュー・感想・評価

アメリカン・フィクション(2023年製作の映画)
4.2
2024オスカーで5部門ノミネート!
しかし配信スルー!
なんで?
それは現在Amazon参加のMGM(その子会社のオライオン・ピクチャーズ)が製作・配給をしているから。
ただ当然北米では劇場公開されてまして、興収は約2,000万ドル(約29億円)、それ以外だとイギリスでしか劇場にかかっていない。
まーただ元々公開情報が全然なかったので、配信でもオスカー前に観れた事に感謝。
ただ配信関連で問題があって、Prime Videoの日本語字幕で”→?に文字化けしていて最初本当に意味不明だった。
作家の話なので“”がたくさん出てくるんですよ。
私のデバイスだけだったのかな...
最近PrimeVideoの字幕は酷いものが多いと話題になってるけど、一応有料コンテンツなのだからこれは改善して欲しい。
私が観てからけっこう時間が経つので既に改善されている事を願う!

監督/脚本のコード・ジェファーソンは元々ドラマ等の脚本を書いていた人物で長編初監督!
ちなみに原作はコメディではなくコメディ部分はこの人による創作。
このコメディ部分が笑えるかどうかで好き嫌いは分かれるかも。

さて内容ですがめちゃくちゃ面白い!
かなりシニカルなブラックコメディで、アメリカとかアフリカン・アメリカンへの素養みたいなモノが試されるような内容でもあるかなー。
これアプローチは違うんだけど『落下の解剖学』とテーマ的にはすごく似ていて、“ファミリー”“クリエイティブ”“セクシュアリティ”そして“レイシズム”。
落下の解剖学ではミステリー風のアプローチだったけど、今作ではコメディ。
オスカーノミニー同士で今のタイミングでどちらも観れるので比較すると面白いかも。

要約すると、アフリカン・アメリカンの売れない純文学作家が皮肉で出版社や世の中が受け入れやすいステレオタイプの“黒人物語”を書いたらどんどんヒットしていってしまうというドタバタ劇。
ここで興味深いのはアメリカでは「白人が思い描く黒人の物語というリアルとはかけ離れたストーリーがウケる」という事実。
ある映画評論家の方が言っていたのが黒人(アフリカンと断定していたわけではないのでどのくらいの括りかはわからないが)の貧困率って17%くらいで日本の貧困率は15%くらい。ほとんど変わらない。(ちなみにアメリカの貧困ラインは約220万円で日本は127万円という差もある...)
それなのにやはりどこかで「黒人って貧しく犯罪に手を染めている人も少なくない」と思っている人多くないですか?
それってやはり私たちが1番目にしやすいアメリカの映画や音楽やスポーツでの話題が、そういう黒人像を見せているからなんですよね。

主人公のモンク(ジェフリー・ライト)はいわゆる純文学を書く作家。(“モンク”は、ジャズピアニストにしてビバップのプリーストと呼ばれるセロニアス・モンクと名が同じだから付けられた愛称。)
ただ書店に行くと彼の作品は“アフリカン・アメリカン作家”というコーナーに置かれている。
「そもそもそんな(アフリカン・アメリカン作家)ジャンルはない」と自分の作品を文学コーナーに勝手に置こうとするモンク。
これ日本でも良く目にしないですか?
書店や図書館なんかで“アジア作家コーナー”的な感じで日本以外のアジア作家をピックアップしているコーナー。
例えば歴史とか文学とか、ラブストーリーとかミステリーみたいなジャンル(もやはそのジャンルすら崩壊しつつあるが...)ってあるけどアフリカン・アメリカンとかアジアってその作家の出身地やルーツを指しているだけでジャンルとして成り立っていない。
そしてそのジャンルに置かれているのは大抵がみんなが想像しやすいアフリカン・アメリカンやアジアのリアル(と思いたいモノ)を書いている作品ばかり。
本当はその中には多種多様な物語を書く作家が数多存在しているのに。
そーいうみんなが無意識で抱える差別とか矛盾みたいなモノ。
このシーンは笑いを入れつつそれを1発で完璧に伝える素晴らしいシーンだった。

結局ヤケクソで書いた“黒人らしい”作品が大型契約、ハリウッドからの映画化とトントン拍子で話が進む事と比例するように彼はどんどん思い悩むようになる。
心血を注いだ自分の本物の文学は全く売れず出版社に見向きもされない。
片や適当に(というか皮肉で)書いた世の中が信じている“黒人物語”は空前の大ヒット。
中盤から彼はある有名な文学賞の審査員になる(この審査員になる過程も実にシニカル)のだが、彼が別のペンネームで書いたこの“黒人物語”がこの賞にノミネートされてしまう。
そして同じ審査員に彼がこの“黒人物語”を描くきっかけになった嘘っぱちの黒人物語を流布している売れっ子作家シンタラ(イッサ・レイ)もいた。
他の白人審査員が高評価していく中でこのシンタラだけが低評価をする。
あれほど自分が書いたこの“黒人物語”はクソだと思っていたモンクだが、それに納得がいかない。
だってその物語はシンタラの物語のように書いた話なのだから。
そして彼女に「君の“黒人物語”とこの“黒人物語”はどこが違う?」と尋ねる。
アフリカン・アメリカンを搾取し続ける創作にシンタラはおそらく何も感じていない。
彼女は単純にこのモンクが書いた物語を文学的にクソだと思って低評価にしている。
彼女には自分の正義がある。
他の白人審査員はアフリカン・アメリカンの逃亡犯(作者はそーいう設定になっている)という可哀想な人物が書いているという先入観から高評価をしている。
しかし彼女は自分もアフリカン・アメリカンなので違う。
モンクは自分が書いたこの“黒人物語”もシンタラの“黒人物語”もアフリカン・アメリカンを搾取しているという点でクソだと思っている。(おそらくモンクはシンタラの本をきちんと読んでいない。)
しかしシンタラは創作物としてモンクの“黒人物語”をクソだと思っている。
ここで「クリエイティブについてあんなに真摯に向き合っていたはずのモンクこそが、先入観からクリエイティブを疎かにしているんじゃないか?」という逆転現象が起きる。
ここらへんのシークエンスも秀逸。

またディテールもいちいち上手くて、上記のモンクの愛称の元になってるセロニアス・モンクは小さい頃からピアノを習い優秀な学校に通っていたお金持ちのアフリカン・アメリカンの家系の出身。だが生前はなかなか評価されなかったという今作のモンクの現状を名前だけで表している。
シンタラの書いたベストセラー『We’s Lives in Da Ghetto』も文法がめちゃくちゃでいわゆる貧困層の黒人物語なんだと1発でわかるし、モンクの別ペンネームの“スタッグ・R・リー”はかつて実在した人物"Stagger Lee"の文字遊びでこの人は“恐ろしい黒人男”の代名詞としてたびたび文学や音楽に登場する。
こーいう遊び心もたくさんあるのだけど、なかなかアメリカ人とか詳しい人以外には伝わりづらく日本で配信スルーになったのも仕方ないのかな...
そもそも出版業界にダイナミックな転換をもたらしたAmazonが本作の製作・配給をしているという事自体が最大の皮肉。

あとはラストがね。
かなり意見が分かれる所ではあると思う。
個人的には好きでした。

キャストは主演のジェフリー・ライト、兄のクリフ役のスターリング・K・ブラウン、姉のリサ役のトレーシー・エリス・ロス、恋人のコラライン役のエリカ・アレクサンダー、シンタラ役のイッサ・レイと軒並み良い。
あとは基本的に白人をみんなマヌケなクソとして描いていて、それを忠実に演じているキャストも素晴らしい。
ちゃんとみんなクソに見えました!

長くなったので最後にオスカー予想!
作品賞は『オッペンハイマー』1択。
主演男優賞は『オッペンハイマー』のキリアン・マーフィーを『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』のポール・ジアマッティが追う展開。ジェフリー・ライトもサンディエゴとミシガン(同点)の批評家賞は受賞しているものの流石に厳しい。
助演男優賞はこちらも『オッペンハイマー』のロバート・ダウニー・Jrがフロントランナー。対抗馬は『バービー』のライアン・ゴズリンクで今作のスターリング・K・ブラウンはノーチャンス。
脚色賞は謎に“脚色”賞にノミネートされた『バービー』をはじめ『オッペンハイマー』『哀れなるものたち』『関心領域』そして本作と主要部門では1番の混戦が予想される。
作曲賞は『オッペンハイマー』のルドヴィグ・ゴランソンを『キラー・オブ・ザ・フラワームーン』のロビー・ロバートソンが追う展開。『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』で歴代最多記録の64ノミネートに到達したジョン・ウィリアムズももしかしたらある?
今作は全部門が『オッペンハイマー』と被っているのが厳しいところだが結果はいかに。

2024-8
Hiroki

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