ロイ・ハーグローヴの最後のツアーに密着したドキュメンタリー。
本人の肉声、ジャズレジェンドたちの語りなど、インタビュー中心の構成になっている。‥というか、ならざるを得ない。
というのも、ライヴ映像は撮影許可下りず、流れる曲も彼のオリジナルはNGだとか。
このことについて、許可しなかったロイのマネージャーに対して、映画の中の結構な時間を割いて抗議してるんだけど、
それって、どうなんだろう☹️
そんな内輪のトラブルや監督の言い訳を、わざわざ映画にして観せられても‥
そもそもマネージャーが真意を説明する場がこの映画の中には無いわけで、一方的に悪者にさせられるのはアンフェアというもの。
映画の中はつくる側の切り取り自由なわけだし。
例えば、マネージャーが搾取してたと言いたい箇所なんて、大した根拠も無いところに「黒人は綿摘みだけ‥」みたいな全く関係ない人の言葉を挟み込む、THE・印象操作。
そこで、できるだけ映画の印象操作と先入観を取り払って見てみると‥
あら不思議、全く違う世界が😲
↓↓
この映画の中では、このツアーの時点で、何か映画化が既成事実のようになってるけど、実は監督とロイだけで盛り上がってるだけだとしたら(どうもそれっぽい)‥。
マネージャーからすると、
なんかツアーに付いて来てるな
ロイの友だち?
はあ?映画?
そんなこと何も聞いてないぞ。
どこの誰とも分からんやつに、いきなり大事なライヴシーンを任せられるか。
ロイお前なあ、そんな話聞いてたんならもっと早く持って来いよ。
‥ってなっても仕方ないのでは?
マネージャーなら、アーティストのイメージ戦略も肖像権・著作権管理も重要な仕事だろうし。
そもそも、監督が言うほどロイも監督側じゃなくて、板挟みにあって困ってるようにも見える。
ロイ本人は、本当にこれを映画にして欲しかったんだろうか?