【覚悟を促す】
非常に見応えのある力作。
実はドキュメンタリかと思っていた。モノクロにしたのは、まさに、そう思わせる効果も狙ってのことだろう。
さらにフィクションとして仕立てたストーリーも優れていて、物事を多層的に見せる、魅せる術に長けていた。
さすがポーランドで巨匠と称えられるアグニエシュカ・ホランド。彼女の作品は『赤い闇』以来。
メディアが隠す闇を突いた前作同様に、本作でも自国ポーランド政府の難民政策に真っ向物申す骨太作品だ。
視点をいくつか用意した点がまずお見事。
難民視点、国境警備隊視点、人権団体視点。それぞれから見た難民問題と、それに直接かかわる人々の生々しい姿が、直截に描かれる。それぞれに善悪、正負の両面があることが分かる。人道的な活動を行うメンバー全員が聖人君子でない描き方もリアルで巧い。
難民を生み出している大国の理論という大きな問題には直に斬り込まないが、当然、そこにも意識は及ぶ。政府関係者にも見てもらいたいと思う向きも多いだろう。
が、国を捨てて越境を図ろうとする人こそ見ておくべき物語か。のんきにスマホで子供にゲームをさせているヒマがあったら、本作を鑑賞し、他人に頼ることなく、自身のこととして真剣に、それこそ命がけで情報収集が必要だ。
これからの戦争はよりハイブリッドになる、といったセリフが劇中あった。軍事力と併せ経済やテクノロジーの戦いとなり、こうした難民も兵器になり得るという不気味な御宣託だ。
それでも、まだ、人の世に情けあり。
そう思わせるストーリーの結び方がお見事。絶望だけではない。一条の光は、乱世の現代(いま)でこそ必要だ。
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(ネタバレ含む)
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原題Zielona granica(緑の国境)を、「人間の境界」とした邦題が、今回は思いの外、見事にハマっていた。
そう、大自然の緑の森に、本来あるはずもない境界線を引いたのは、国家や民族に代表される集団の意図、人間の思惑に他ならないということが、巧みに表現されている。
この境界線がなければと誰もが思うに違いない。故に、国境警備隊の若き兵士は悩み苦しむ。人権保護団体のリーダーと、新参の活動家の思いも異なる。
それぞれの行動を律する規範や許容範囲への「線引き」が異なる点も興味深い。誰もが独自のルール、価値判断の基準を持っている。
難民救済活動に物語の後半で加わることになる精神科医ユリアは、居宅を活動メンバーに、難民保護の一時拠点として提供するが、「煙草は外で吸って」「どこを使ってもいいけど寝室には入らないで」と言う。
当然と言えば当然の申し出ではあるが、その些細な要望も、実は国家の思惑、難民を巡る発想と根は同じかもしれないと思わせる小さなエピソードの紡ぎ方が巧みだ。
この狭くなった地球上に、80億もの人間がひしめき合えば、押し合いへし合いが当然生じる(こうした難民問題も、それを引き起こした紛争、戦争も、究極は人口問題に行きつくのではとさえ個人的には思っている)。
そこに譲り合い、助け合いの精神を持ち出すのは容易だが、むしろ安易だろう。それをユリアの自宅に矮小して見せた。
どこに行っても「人間の境界」があるのだ。これからの世界を生き抜く者は、覚悟しなければならない。
大国の為政者に反省を促す必要もあるが、本作は個々人の覚悟を促すものと受け止めた。
今、観ることができて良かった作品也。