回想シーンでご飯3杯いける

伯爵の回想シーンでご飯3杯いけるのレビュー・感想・評価

伯爵(2023年製作の映画)
3.8
僕が実話映画を嫌いな理由を端的に言えば「実話だと思って観る」人が多数現れてしまう事にある。それが映画である以上、例えば主人公をイケメン俳優が演じているだけで、実際にあった事とは違うように見えてしまう。悪く言えば印象操作も可能な手法でありながら、その危うさを指摘する声は実に少ない。変な言い方になるけど、実話映画を「実話ではない」という視点を持ちながら楽しむスタンスは、とても大事だと思うのだが。

その点、チリに実在した独裁政治家アウグスト・ピノチェトが実は吸血鬼だった?という寓話的発想から生まれた本作は、史実から着想を得つつ、想像力によって豊かな風刺作品に昇華した、正に映画ならではの表現手法。実在の人物を題材にしていても、このような作品は大歓迎である。

血税という言葉があるが、本作に於ける「血」は、正に国民の生命や労働の比喩であり、ピノチェトの毒牙にかかった一族が、その恵みに群がり依存する様は、一部の権力者が富を独占する構造を表しているのだろう。そこに現れる若い会計士の女性が、一族の闇にメスを入れるサスペンス的な展開も面白い。

往年のホラー映画を模したモノクロ映像はマーベルの「ウェアウルフ・バイ・ナイト」っぽく、生首も登場するグロテスクなシーンもありながら、映像的には美しくお洒落。ホラーではあるけれど、広義ではコメディと呼んで差し支えない。「伯爵」が軍服のマントを広げて空を飛ぶシーンがとても印象的。

こういう挑戦的な映画を配信してくれるから、Netflixは楽しい。