コブヘイ

悪は存在しないのコブヘイのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.0
自然豊かな田舎で補助金目当ての安易なレジャー施設建設を巡る社会派サスペンスかと思ったら、アート的な演出と表面的には見えない人間描写が心を惹きつける、静かで少し変わった人間ドラマ。

いまだラストの困惑から抜け出せていない状態で感想を書いております。

『ドライブマイカー』で、ただ車が走るだけの絵で惹きつけられてしまった濱口監督の最新作。前作の『偶然と想像』は見逃していたりするのは内緒だ。
そして今回もラジオ番組で取り扱いになったこともあり、幸いにも地元のシネマスコーレさんで上映してくれていたため滑り込みで鑑賞。今回も人が歩いていたり、会話するだけの絵で画面にくぎ付けとなるすこぶる面白い作品でしたが、最後に飛び蹴りを喰らって困惑したまま劇場を後にしました。

長野県の架空の街を舞台に、一人娘と山で自然と共に暮らす男を軸に、そこにレジャー施設を作ろうとする会社と住民の間で起こるひと悶着を描いたお話。
元はライブ用の映画製作から始まったという特殊な経緯を持ちながらこれほど面白い話を作り上げる監督の凄さに改めて驚嘆。
冒頭、かっこよく英語でタイトルが出てから木々の間を見上げたショット。BGMはギターから弦楽器に変化する幻想的のようなノイズのようなアート的演出。
これが結構ながく続く。
そして映し出される少女。その女のコの視点だったのかな?と思っていると後半にも同じ見上げたショットが入り、何を意味するのか思案している内に3D作品のように飛び出す幻覚を見てしまうアート的な作り。
そして少女の父親であり、本作の主人公である巧も登場。演じている大美賀さんはなんと役者ではなく製作者側だそうですが、やや淡々とした話し方と朴訥な感じがどこか機械的な印象を持たせる不思議な雰囲気を纏い、素人感は全くなし。凄い!

前半はこの親子が自然の中で過ごす生活をじっくりかつ不思議なカメラワークで追う。
木を知り、語り、切る。水を汲み、運び、途中で見つけた山わさびを語る。何なら山わさび視点が入るw ただ森を歩くだけでやはり画面に引き付けられてしまう濱口マジック。
そんな流れで入るキャンプ場開発の説明会。
ここから話が俄然盛り上がる。
計画のずさんさを冷静に突きつける住民とやり過ごそうとする企業側。 よくある対決で進みそうな流れの中、タイトル通りに分かり易い絶対悪を作る事は無く、巧の口から議論を重ねて協力したいと温和な方向で説明会は終わるものの、その後で芸能事務所で行われるコンサルタントとのweb会議がまた憎らしく面白いたらしょうがない。
そうしてコンサルタント&社長と住民との間に挟まれる高橋と薫のターン。村に向かう高速道路での何気ない会話がまた味わい深く面白い。 巧に協力をお願いする中、彼らの中でも心境が変わり村を理解しようと努力する。 所々で相手を理解しきれない高橋が愛おしくもあり、それでも何とか折り合いをつけて良い塩梅で着地するのかと思いきや、これまでさり気なく張っていいた不穏な要素が遂に連鎖反応を起こす。
花に関するハプニングが起こるだろうと分かっていてもやはりハラハラする中、突然おこる斜め上をいくハプニングを超えるハプニング。
何だ?何で?何が?
?が頭をグルグル回る中、スパッと画面が変わって流れるスタッフロール。困惑。

『悪は存在しない』というタイトルを考えながら今見た映画を思い返す。
そもそもよそから来た集まりだという町。
知っていそうで知らない住人に深い闇まで集まっていたのか。
街の便利屋だと言う巧。
花の送迎を忘れてばかりの巧。
タバコを吸うのはともかく吸殻の扱いが見えない巧。
絶対白には見えなく作っている。

ラストの巧の動きは実に滑らかながら、決定的な事は回避されたのであくまでも花を助けるための行動なのか?
その花は鼻血を出していたが外傷はない。
そういや母親は無くなっている様だったけど原因は病気なのか?
それが花にも影響?
だからといってあの行動の説明にはならないが。

とまあグルグル考えはとまりません。 独特の長回しに加えて、どこの視点か分からない不思議なカメラワーク(特に車の後ろ側から撮った絵がすこぶる奇妙)が独特の味つけをする中で、人物の動きと会話などで見えるそれぞれの個性。
これぞ映画!
面白いのにどう面白いのか上手く説明できないし、蹴とばされたラストの解釈をするにもいろんな咀嚼が必要な、レビューに困る難儀な作品でした。

ちなみに聴覚障がい者向けの字幕付きで鑑賞しましたが、セリフだけでなくBGMの説明が入るなどなかなか新鮮な体験ができました。
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