Hiroki

フローラとマックスのHirokiのレビュー・感想・評価

フローラとマックス(2023年製作の映画)
4.3
まちにまったジョン・カーニーの新作!

元々はサンダンスでプレミア上映され、大きな評判となりAmazonとAppleが入札競争をした末でApple配給になった作品。
Appleは権利を獲得した作品でも『ナポレオン』や『キラー・オブ・ザ・フラワームーン』のように期待作は劇場公開してからAppleTV+で配信という流れもあるのだが、今作は劇場公開無し。(米国の一部、アイルランド、韓国、ベトナムでは劇場公開有り。)
ぜひ映画館で観たかったのだけど...

2023のNational Board of Reviewのインディー部門TOP10に選ばれたり評価はやはり高い。
オスカーも歌曲賞ノミネートくるかと思ったけどダメでした。

まージョン・カーニーはスターキャストを使うの嫌ってるし、地元のダブリンで撮影するのが好きだし、小さな物語が得意なので大きくヒットしたり賞にかかるっていうのは難しい。歌曲賞以外は...

内容的は好きなシーンというかこれこそジョン・カーニーだなーと思うシーンがあってそれはラスト。
いきなりラストの話。
素晴らしいバンド演奏で大団円を迎える中で画面にタイトルがバーンと映る!
もー最高のエンディングで普通ならここで終わるシーン。
でもカメラはゆらゆらとライブハウスのステージから遠ざかってお客さんやスタッフを映しながらどんどん出口へと向かう。
ついにはライブハウスから出てダブリンの街中を映し最後は夜空へとフェードアウトしていく。
自分に巻き起こる大抵の出来事って、自分たちにとっては特別な事でもその他の大多数の人々にとっては全く関係ない事じゃないですか。
フローラ(イヴ・ヒューソン)とマックス(オレン・キンラン)の不和も。
ジェフ(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)への淡い恋心も。
イアン(ジャック・レイナー)への未練やその彼女ソフィーに対する対抗心も。
なんとなくすべてがほんのちょっとだけ上手く行きそうな事も。
全てがあのライブハウスの人々はもちろん、一歩外に出てダブリンの街を歩く人々にはまるで関係がない。
でももちろんそれで良いと思うし、街を歩く一人一人にはみんなが知らないそれぞれの物語がある。
フローラは知らない人からしたらかなり迷惑というか自由奔放な人。
あまり関わりたくないというか...
でもそんな彼女にはこんな物語があった。
それは普段の生活の中にいる、ムカつく上司にも、態度が悪い店員にも、あの電車でぶつかってきたおじさんにも、歩道を自転車で突っ走る母親にもきっとある。
みんなにはみんなが知らない物語がある。
そしてその物語こそが音楽を作っている
ただの“音の繋がり”を“音楽”への昇華させるのは人間の物語。
物語がない音はただの音でしかない。
物語がそこにあるからこそ、その音は音楽へと昇華しまた人々の胸を打つ。
ジョン・カーニーが一貫して描き続けている事。
今回のラストの、あのワンシーンに詰まっている気がした。
(何回“物語”って言ったかな...)

あとはやっぱりこれも毎回なんだけど人間の機微を描くのがうまい。
主に恋愛なんだけど、人と人の関係性を絶妙な距離感で描く。
あの人とあの人は付き合ったとか、あの人と別れたとか、あの人から嫌われたとかそーいう事を描かないんですよね。
何も決定的な事を描かない。
だからこそよくわからないみたいな批判も受ける事が多いのだと思うけど。
今作でもフローラとジェフの関係も、フローラとイアンとの関係も。
ラストのエンドロールが流れてもやっぱり不安定なまま。
でも人生ってほとんどがそーじゃないですか。
結婚したとか、子供が産まれたとか、誰かが死んだとか決定的な事はもちろんあるけど。そんな人生の一大事みたいな事って生きている中で何回しかなくて。(そしてそんな一大事ないか事ですら不安定。)
そーじゃないほとんどの時間を私たちはゆらゆら生きている。
昨日仲良かった人と次の日気まずくなったり。
いーなーと思ってた人に好きな人がいる事がわかったり。
マックスはまたきっと反抗的になるし、イアンとも文句を言い合う。
ジェフとの仲が進展するかもしれない。
不確定な中で生きている。
そーいう中途半端に思える自分の人生をも肯定してくれる。
そしてそんな中で何かひとつでも大切なモノを胸に持っていればきっと大丈夫って。
カーニーが語りかけてくれるような気がする。
それこそがジョン・カーニー作品の最大の魅力なのかもしれない。

音楽とか映像の素晴らしいさは今更な感じもするので省略。
相変わらずおしゃれだし素敵です。

キャストも軒並み良いけどやはりフローラ役のイヴ・ヒューソン。
彼女はU2ボノの娘なので歌は当然というか良いんだけど、何よりこの“最低の環境の中でも息子を想い音楽と出会って少しずつ変わっていく”という役をしっかり体現している。
カーニーの「彼女と出会った時に音楽面ではなく人間性にフローラの面影を見ていた」と話していたのが頷ける素晴らしい演技。

多作では決してないジョン・カーニー。
次はぜひ映画館で新作が観たい!

2024-6
Hiroki

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