ゴトウ

ボブ・マーリー:ONE LOVEのゴトウのレビュー・感想・評価

ボブ・マーリー:ONE LOVE(2024年製作の映画)
3.5
「音楽に政治を持ち込むな」みたいな言い草と全く相容れない音楽の映画。実社会へのメッセージー音楽ー信仰が分かち難く結びついたボブ・マーリーの楽曲は、字幕で表示される歌詞の和訳を見るとかなり具体的な表現が多い。作中のシチュエーションと相まって、もはや演説のように見える場面もあった。耳で聞いて意味が入ってこないとどうしても「チル」あるいは「ノれる」みたいな側面に(「貧民街の音楽はリズムだ!」というおじさんが出てきた)意識が向いてしまうけれど、こうしてストーリー仕立てで字幕まで出てくると、なぜボブ・マーリーが英雄視されるか改めてよくわかった。自分も語学に明るくないので、なんの気なしに聞き流してしまうこともあったなと反省させられました。

しかし、ボブ・マーリーの楽曲が物語上の演奏シーンに合わせたパターンと、単にBGMパターンの両方でやたらに流れるのはややメリハリに欠ける印象。ちょろっと歌われて(流されて)すぐ終わってしまうので、上がるに上がれない場面も多々あった。極端に一般化して観てしまえば「売れない時代を経て名声を手に入れ、パートナーと揉めたりしつつ名作アルバムの制作と大きなライブを成功させる」みたいなドラマにしかならない(ミュージシャンの人生をストーリー仕立てにするならこの方法くらいしかないような気もする)のだけれど、最後に当て振りライブシーンでたっぷり曲聴かせるのは『ボヘミアン・ラプソディ』すぎる、ということなのだろうか。ここ数年のミュージシャン伝記映画で『ボヘミアン…』を踏まえてない映画なんてあるのか?と観る側は思ってるし、楽曲の見せ方(聞かせ方)こそミュージシャン伝記映画の個性そのものだと思うのですけどね。今作はあっさり物語は終わってしまい、そのまま実際のボブ・マーリーの映像に切り替わって、字幕ベースで結構な長さで晩年が語られる形式でちょっと物足りなかった。しかしそれ以上に“No Woman, No Cry”の扱いがひどすぎないか?!推しも押されぬ名曲で、どこで流れるだろう、やっぱり泣いてしまうかしら、などと楽しみにしていた自分が情けない。物語上では夫婦の仲違い中で、その歌詞やパフォーマンスが空々しく響く……というだけの出番とは……。“Redemption Song”が流れた時はさすがにウルッと来たけれど、それもまたいいところで終わってしまう。かゆいところに手が届かない。

ボブ・マーリー自身も音楽で国を一つにできるなどと頭から信じてはおらず、暴力への恐れもあるのが描かれていたのは、聖人視され、アイコン化されているボブ・マーリー像の問い直しになっていて面白かった。「群衆の中に自分に銃口を向けている奴がいるように感じてしまう」という演出も、生々しい暴力への恐怖を思わせる。それでも活動をやめない理由、「音楽で平和を」という誇大妄想的な信念を保ち続けられる理由が、ひとえに信仰に収束していく。自分の中でボブ・マーリーやルーツレゲエへの解像度が一つ高くなったようにも思った。「全ての政府は違法だ」という冗談混じりのセリフもあったが、既存のルールや常識等を超えたところにいる、もしくは行かんとする思想信条込みのライフスタイルの一角がレゲエミュージックという前提がないと不誠実なつまみ食い(もしくは「文化の盗用」か)になってしまう。レゲエミュージシャンが大麻で捕まるとしょうもない大喜利がSNSで流行ったり、「吸いたいなら日本から出ていけ」みたいな物言いが出てきたりするのは仕方ないかもしれないが、普段変態紳士クラブとか聞いてる人までVIGORMANとかChehonとかが逮捕されたくらいで引くとしたらおかしいからね。また「カウンターカルチャーが日本にない/弱い」話になってしまう……。

レゲエが内包するミソジニーやホモフォビアはしばしば議論の的になっているように思うけれど、この映画の中でも女癖描写はちらほら。妻と戦士の両方をやってる!とリタが怒る場面もあり、素直にいただけないと思った。泣かされた女の側の怒りにもスポットが当たるのは、ジギーが本編開始前の映像で語っていたように「なるべく本当の姿を」という方針の一環なのかな。というか、自分でプロデュースに入って「リタも浮気してた」みたいなところまでがっちり本編に組み込むリタやジギーがすごいわ。

ちょろっとだけだけどロンドンパンクとの邂逅も描かれており、同時代に別の国で活躍していたミュージシャンの存在が描かれたのも良かった。クラッシュは“White Riot”まで流れるし、本当に一瞬しか映らないのに、顔なのかファッションなのか、どう見てもミック・ジャガーだろうなという人が映って笑ってしまった。逆に主演のキングズベリー・ベン=アディル氏はスタイル良すぎ、ボブ・マーリーの実際の映像に切り替わった時に小柄すぎてギャップがすごい。でも本人も映画の方も、adidasの着こなしかっこよかった。
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