うめまつ

哀れなるものたちのうめまつのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.4
痛いくらい研ぎ澄まされている。真冬の冷え切った空気の中で、身体の表面は凍えながらも体内からの熱を感じて、皮膚一枚隔てた自分の内側と外側との輪郭がクリアになるような感覚。ベラが何物にも囚われず自己を獲得していく姿はあまりに眩しくて、目を細めているうちにあっという間に追い越されてしまった。その振り返ることを知らない背中は遥か先を走っている。

ティムウォーカーの写真を見る度に「これが動いてアートフィルムになったらいいのになぁ」って思ってたけどまさにこれじゃん。しかも濃厚なフェミニズムのシロップまでたっぷりかかっていて大変美味。幻想的かつ懐古的でレトロとモダンと空想が融合した妖しい魔術のような美しさ。そのあまりの甘美さに目から涎が垂れるかと思った。

あのクラシックだけど有機的なお屋敷も大好き。無防備なベラを守るようにふかふかにキルティングされた壁や床にゴッドの優しさを見る。そこから冒険に出た後もベラのドレスは《良識ある世界》と彼女の間でクッションのような役割を果たしている。ふわふわのバッスルスカートも、甲冑のようなパフスリープも、膨張したラッフルボレロも、隙間なく寄せられたフリルも全て、魅惑的かつ優しく彼女を包み込む。それは柔らかな鎧のように見えた。

超高速成長して行くベラだけど、その経験は受動的に捉えたらなかなかの悲劇なのに、生まれた事以外は全部彼女が決めて実行しているから全然悲壮感がないし、その間一切後悔しないのも清々しくて気持ち良い。自分の肉体も精神も他人にさえ委ねなければ、どんな困難も打破出来ない事はない、だから知的好奇心に従い冒険に繰り出せ女性達よ!という力強いメッセージとして受け取った。こんな風に変態にしか開けないドアが確かにあり、また一つ映画によって世界は解放されたのかもしれない。
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